January 27, 2011

線虫 C. elegans と non-coding RNA 研究について(3)

さていよいよこのシリーズも最後。田原さんご自身の研究のご紹介です。「線虫を用いた生化学」とかさらっと読み流してしまいそうですが、最初にそれを立ち上げるのにはいかなる苦労があったのか、行間から読み取って下さい。線虫と言えば遺伝学ですから。吉良邸に討ち入るぐらいの覚悟がないと、こういう「奇妙な組み合わせ」はうまくいかないのですよね。多くの場合。

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 私が研究している RNAi (RNA interference) 現象も、線虫で発見されたものである。線虫の初期発生において非対称分裂が正常に生じない par 変異体の原因遺伝子をクローニングするために Kemphues のグループが行った実験が、RNAi 現象が認識されるきっかけとなったと言える。par 変異が位置する染色体領域に対応する複数の遺伝子クローンから RNA を in vitro 合成して個体にマイクロインジェクションし、RNA 導入による発現阻害が par 表現型をコピーする遺伝子を探す実験を彼等は行った。不思議なことに、アンチセンス RNA のみならず、センス RNA を注入しても標的遺伝子の発現阻害が起こることが報告された。同様の実験手法を mom 遺伝子群の解析に用いた Mello および Priess のグループらは、古典的なアンチセンス RNA の作用モデルと区別する意味を含めて、線虫に外来 RNA を注入した場合に生じる遺伝子発現の阻害を RNAi と呼ぶことにした。そして Fire と Mello らは、1 本鎖であるアンチセンス RNA やセンス RNA よりも 2 本鎖 RNA (dsRNA) を注入する方が RNAi を生じさせる上で効果的であることを発見した。線虫の研究をヒントにした結果、様々な真核生物において dsRNA が遺伝子発現の阻害に有効であることが示されてきている訳である。
 引き続いて RNAi の反応機構を遺伝学的に解析するために、RNAi 活性を欠損した線虫変異体 rde (RNAi deficient) のスクリーニングが行われ、動物において RNAi に関与する因子として初めて見つかった rde-1 遺伝子及びその他複数の遺伝子が同定されてきた。ちなみに、rde-1 遺伝子は Argoanute 蛋白の一つをコードしていた。しばらくして、植物の RNA サイレンシングにおける中間産物として small interfering RNA (siRNA) が発見され、加えてショウジョウバエや哺乳類細胞由来の細胞抽出液を用いて RNAi 反応を in vitro で再現して解析する無細胞反応系が開発されて研究が進展した結果、RNAi の反応機構においては siRNA が重要な役割を果たしていることが分かってきた。ハエ等を用いた生化学的解析によって示されたのは 2 つの鍵となる反応である。まず最初に、導入された dsRNA は Dicer の RNase III 活性によって 5' 末端にモノ燐酸を持ち 3' 末端が突出している 2 本鎖 siRNA (初期型) へと断片化される。引き続いて、siRNA はエンドヌクレアーゼ活性を持つ Argonaute 蛋白と一緒に RNA-induced silencing complex (RISC) と呼ばれる複合体を形成し、RISC は標的 mRNA を配列特異的に認識して切断する (Slicer 活性)。
 筆者は RNAi の研究を線虫の RNAi 欠損変異体の単離という遺伝学的なアプローチから始めたが、遺伝学だけでは RNAi の機構における反応の流れが理解しづらいという印象を抱いた。そこで、RNAi 反応における酵素活性を生化学的に解析するための無細胞反応系を線虫においても独自に開発し、生化学と遺伝学を組み合わせた総合的な解析を行うアプローチを取ることにした。加えて、RNAi における第三の鍵と言えるサイレンシングシグナルの増幅を担う RNA 依存性 RNA ポリメラーゼ (RdRP) の活性を生化学的に解析したいと考えた。線虫の RNAi においては、トリガーである長い 2 本鎖 RNA から 5' 末端にモノ燐酸を持つ初期型 siRNA が Dicer によって産生され、さらに標的 mRNA を鋳型として 5' 末端にトリ燐酸を持つ二次型 siRNA が RNA 依存性 RNA ポリメラーゼによって産生される。線虫の細胞抽出液を用いて構築した無細胞反応系を利用した研究により、RdRP 複合体は Dicer 非依存的に二次型に対応するトリ燐酸化 siRNA を合成する活性を持つこと、加えて二次型のトリ燐酸化 siRNA が初期型のモノ燐酸化 siRNA よりも遥かに強力に標的 mRNA を切断する Slicer 活性を誘導すること、トリ燐酸化 siRNA によって誘導される Slicer 活性を担う因子は Argonaute 蛋白の一つである CSR-1 であることを筆者らは示した。C. elegans においては生化学的な研究があまりなされていないことから生化学的な研究には向いていないと考える研究者もいるが、系が出来上がった後での話ではあるが線虫の細胞抽出液で構築した RNAi の無細胞解析系は上手く動く。C. elegans は生化学的な解析に不向きな生物では全くないと筆者は思うが、付随する実験で時として必要とされるリコンビナント蛋白の作製は他生物の蛋白よりも明らかに難しいことも事実である。おそらく、室温よりも高い温度(つまり構造が壊れ易い状態)においても正確にフォールディングできるようになっている幾つかの他生物の蛋白に比べると、比較的低温で増殖する C. elegans の蛋白は一般にフォールディング能力が弱いのもしれない。ともあれ結果的に、外来性の dsRNA によって誘導される RNAi の線虫における反応機構の概略を記述できたのではないかと考えている。しかしながら、線虫と他生物における RNAi 反応機構は類似した蛋白因子を用いているが、RNA の流れについてはかなりの違いが見受けられることも、自身および他グループの研究によって分かってきた。他生物と保存性の非常に高い機構が浮かび上がってくることを期待していたことから、少し残念に思っている。
 現在ところ筆者は、生化学的な研究から個体レベルの研究へ立ち戻って、生殖細胞に多い内在性小分子 RNA との相互作用を絡めつつ、他生物でも現象面で共通性の高い内在性の遺伝子発現調節機構の解明に挑戦しているところである。

1 comment:

  1. 1999 年の Cell に発表された rde-1 の論文を読んだのは、まだアメリカでポスドクをしていたときでした。legendary な論文ですが、あらためて今読み返してみても、何と洞察にあふれた論文であることかと思います。

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    影山裕二

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