January 24, 2011

線虫 C. elegans と non-coding RNA 研究について(2)

線虫エッセイ第二弾です。
線虫とRNAiというとMello&Fireの仕事が有名ですが、また、ずっと前に植物で分かっていたとかいう話も有名ですが、ヘテロクロニーがらみの話は発生屋の間では有名なものの、生化学的な話が中心となりがちなRNAの研究分野では意外と忘れられがち、、、なことはないでしょうか。以下、田原さんです。

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II. 線虫における non-coding RNA 研究について
 ところで、non-coding RNA やそれらの制御に関与する重要な蛋白ファミリーには、線虫を用いた遺伝学的研究によって最初に見つかったものが幾つか存在する。
 小分子 RNA の一種である micro RNA は、線虫のヘテロクロニックな発生異常変異体の解析から見つかったものである。多細胞生物の発生現象では、発生ステージに沿って個々のステージ特異的な性質を伴って組織および器官が発達してゆく。同じグループに属する近縁の生物は非常に類似した発生パターンを示すことが一般的であるのに対し、同じグループに属するにも関わらず例外的な生物種では幾つかの器官の発生タイミングが促進または遅滞していることがあり、その現象はヘテロクロニー(hetrochrony : 異時性)と呼ばれる。例えば、両生類のアメリカサンショウウオは幼生期にはエラを持ち、変態に伴ってエラを失って成体では肺を持つことが一般的である。しかしながら、ある種のアメリカサンショウウオはエラを持ったまま成体になるというヘテロクロニーを示し、変態を進める遺伝子制御が正常に働いていないことが推測される。
 C. elegans は孵化後に、1 齢幼虫 (L1) から脱皮を繰り返して 2, 3, 4 齢幼虫 (L2, L3, L4) そして成虫へと発生していく。上皮細胞に着目すると、ステージ毎に特有な細胞増殖パターンを示しつつ発生が進み、各ステージに特異的なコラーゲン遺伝子等の発現も確認される。つまり、上皮細胞の性質は L1 から L4 そして成虫期の各ステージで厳密に区別されていると考えられる。線虫においては、上皮細胞におけるステージ特異的性質の出現順序が乱れている(つまりヘテロクロニックな)変異体が同定されてきており、原因遺伝子のクローニングもなされてきた。lin-14 は新規の核蛋白そして lin-28 は Y ボックスを持つ蛋白をコードしており、それらの正の活性は上皮細胞の L1 ステージ特異的な運命決定に必要である。興味深いことに、lin-14 と lin-28 の蛋白は L1 期だけに発現しているが mRNA は L1 期以降も転写されている。このような mRNA の転写と蛋白発現の差を制御する遺伝学的因子として、Ambros のグループ及び Ruvkun のグループは lin-4 変異体の原因遺伝子をクローニングした。その結果、lin-4 遺伝子はステージ特異的に発現する 21 塩基長のアンチセンス RNA をコードしていることが判明した。アンチセンス RNA である lin-4 は L2 期以降に発現し、lin-14 と lin-28 の mRNA の 3' 非翻訳領域に結合し不必要な時期の mRNA を不安定化するものと考えられる。発生におけるタイミングの制御に関わっているという意味で、lin-4の産物は small temporal RNA (stRNA) と名付けられた。lin-4 の成熟型 stRNA の大部分の塩基は標的 mRNA に対して相補的であるが、中央部に塩基対のミスマッチが確認される。又、lin-4 の 21 塩基長の成熟型 stRNA はヘアピン前駆体から切り出されて生じてくる。その後、様々な生物種において小分子 RNA の解析がなされた結果、ヘアピン状の RNA 前駆体から産生される小分子アンチセンス RNA が数多く同定され、lin-4 を含めて micro RNA と呼ばれるようになって盛んに研究されているのは御存知の通りである。

2 comments:

  1. この論文が出たときに、実験結果に驚くと同時に、よくその実験結果(遺伝子産物がたった21塩基のRNAであるということ)を受け入れることができたものだと感心した覚えがあります。少なくともその当時はそのくらい「非常識」で画期的な発見でした。

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    影山裕二

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  2. 恥ずかしながら僕はこの論文の結果を長いこと全く信じられないでいました。。。

    常識というものがいかに頑固なものなのか、いかにヒトは自分の分かる範囲でしか物事を理解しようとしないのか、とても良い教訓として心に残っています。

    中川

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