January 21, 2011

線虫 C. elegans と non-coding RNA 研究について(1)

これから3回にわたり、研究歴がそのまま線虫のRNAi研究の歴史という田原さんから渾身の研究紹介をしていただきます。歴史を知る人の言葉の重みを味わって下さい。

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田原浩昭 (筑波大学大学院・人間総合科学研究科)

 この場を借りて、筆者がモデル生物として用いている線虫 C. elegans と関連する non-coding RNA の研究について記してみたい。

I. モデル生物としての線虫について
 Caenorhabditis elegans は土壌線虫であり、小さな無脊椎動物である。1960年代の中旬ぐらいから Brenner らによって、行動や発生を遺伝学的に解析するためのモデル生物として用いられ始めた。私の出生年を考えると、C. elegans を用いた生物学的研究の歴史は、私の年齢とおおまかに同じぐらいということになる。
 線虫は眼も手足も持っていない生物であるが、上皮組織、神経系、筋肉、消化管、生殖細胞という多細胞動物として基本的な組織を持ち合わせている。成虫の体長は約1mmであり、卵の大きさは約50μmである。C. elegans の成虫における細胞数は生殖細胞を除くと約 1,000個存在し、多細胞生物としては細胞数が少ないという特徴を持っており、どの個体を見てもほぼ同じ細胞系譜を示しつつ発生が進行する。体の透明度が高く微分干渉顕微鏡によって生きたまま核の位置を観察できるという利点を生かして、Sulston らによって C. elegans の発生における全細胞系譜が記述されている。又、神経系については、White らによる連続切片の電子顕微鏡写真解析によって 302個の全ニューロンの形態やニューロン間の化学シナプスおよびギャップ結合が詳しく調べられており、線虫を用いた神経研究の基盤情報となっている。
 線虫の一般的な培養はアガープレート上で大腸菌を餌として常温で行われる。線虫のライフサイクルは多細胞動物としては短く、受精から孵化まで約半日間の胚発生を行い、孵化してから成虫になるまで更に約 3日間要する。線虫の利点の一つは幼虫を凍結保存できるという点であり、手持ちの多様な変異体の中で現在使用していない系統を培養し続ける必要は無い。又、餌が豊富な状態における寿命は 2週間弱であるが、飢餓状態になると耐性幼虫と呼ばれる代謝の落ちた特殊な発生ステージへ移行して数ヶ月は餌の無い状態で生存できることから、凍結せずに短期保管することも容易である。遺伝学的な研究用途の多細胞モデル動物の中では、C. elegans は培養における人的な負担が若干少ない生物であると言えるかもしれない。
 C. elegans を用いた研究の売りの一つは遺伝学的な解析ができることである。他種の線虫を含む多細胞動物の多くは一般的に雌とオスの交雑によって増殖するが、例外的に C. elegans の主要な性形式は雌雄同体であり自家受精で増殖する。自家受精で増殖するという特徴は非致死性の劣性変異の遺伝学的な単離を容易にしており、加えて低頻度で出現するオスを掛け合わせに用いることによって目的とする変異の遺伝学的なマッピングを行うことができる。C. elegans は体の大きさが比較的小さいことから、目的とする表現型を効率的に検出する系の開発しだいで、大規模な(つまり非常に多数の個体を使用した)遺伝学的スクリーニングが可能である。又、逆方向遺伝学による解析も盛んに行われている。一般的なアプローチは、紫外線や化学変異薬剤で処理した線虫集団を小分けしたライブラリーを作製し、そのライブラリーから目的の遺伝子に欠失が入った変異体を PCR によるシブセレクションで単離するという方法である。別の方法として、目的遺伝子の近傍にトランスポゾンの挿入を持つ系統が存在する場合に、トランスポゾンの切り出しによる二重鎖切断を利用した相同組み換え反応によって目的遺伝子を改変する技術も最近になって開発されているが、応用例は未だ少ない。
 ゲノムに目を向けると、C. elegans の 5対の常染色体 (I~V) そして 1対の性染色体 (X) を持っている。性別は X 染色体の本数によって規定されており、雌雄同体では XX であり、X 染色体が偶発的に脱落して X0 となった場合はオスになる。C. elegans はゲノムリソースが良く整備されており、多細胞生物の中で最初にゲノム配列が決定された生物である。染色体に沿ってコスミドや YAC のコンティグを並べていく整列クローンライブラリーが作製され、それらのクローンを材料として(次世代シークエンス技術以前の)蛍光シークエンサーを用いて配列解析が Waterston と Sulston らによる国際共同研究によってなされた。左記のゲノムプロジェクトと並走する形で、C. elegans の cDNA クローンを系統的に収集して分類する cDNA プロジェクトが行われており、ゲノムプロジェクトでは完全に予測できない mRNA 配列の厳密な決定、そして RNAi による遺伝子発現抑制や蛋白発現実験等へ活用されている。幾つかの cDNA プロジェクトが行われてきているが、最もメジャーなものは遺伝学研究所の小原グループのリソースである。
 又、目的とする遺伝子産物を詳しく調べる際に有用な技術の一つは遺伝子導入であり、幾つかの手法で形質転換線虫を作製することができる。話が長くなるので詳細は述べないことにするが、線虫のゲノムへ安定的に遺伝子導入する方法については迅速で簡便な方法は未だ存在せず、新しい手法の開発が求め続けられているように思う。知人と、自分達の手でなんとか良い方法を開発できないかと話し合っているところである。

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