June 30, 2010

RNA 2010

影山です。

シアトルで行われたRNA Meeting 2010から帰ってきました。時差のおかげで日本-デンマーク戦も快適な時間(ちょうどお昼休み)で観ることができ、思わぬ得をした気分です。

それはともかく。

せっかくなので感想を少し。

RNA Meeting は国際RNA学会の年会ですが、参加するのは4年振りです。もともと若手研究者に向けた試みを積極的にするところでしたが、今回は特にそれを強く感じました。

午前中に毎日行われる基調講演は各分野の歴史的な背景から始まり、現時点での研究の動向がわかるように各人工夫されており、そのまま大学院の授業として使えそうなくらい充実していました。もともとRNA Meetingでは、各セッションの冒頭で、座長がその分野の動向と各発表の位置付けを説明すると言う慣習があったのですが(日本のRNA学会はそれを真似ています)、それがさらに進められた感じです。

また、若手研究者向けに以下のプログラムが行われました。
・Career Development Workshop(講演中心のものとグラント申請の2回)
・Junior Scientists Social
・Mentor-Mentee Lunch

出不精なわたしはどれにも参加しませんでしたが、それぞれ1時間から2時間かけて行われるプログラムで、気合いが感じられます。学会の存在意義は研究者間のコミュニケーションにつきますが、ここではそれに加えて人材の育成を標榜しているのがわかります。研究活動においては、何事も人が基本ですから。

肝心の研究発表ですが、RNAスプライシング、RNAプロセシング、RNA品質管理、翻訳、リボザイム、RNA構造解析、RNAサイレンシングと多岐にわたっており、個々の研究内容の紹介はここではやめておきますが、RNA研究の今がそのまま反映されていると言ってよいと思います。歴史的経緯からか、スプライシングとリボザイムが充実しているのもこの学会の特徴かもしれません。今回は以前にも増してバイオインフォマティクスの発表が多かったのが印象的でした。

ただし、残念ながら、高分子量ノンコーディングRNAの発表は必ずしも多くはありませんでした。おそらくは、スプライシングや翻訳といった典型的なRNA研究とは違うところから高分子量ノンコーディングRNAの研究が出てきたことも関係しているのでしょう。もちろん研究者人口が絶対的に少ないことも一因と思います。

ポスドクの稲垣さんのポスター発表を手伝っていて気がついたのは、直接関係する仕事をやっている人は少ないと思われにもかかわらず、高分子量ノンコーディングRNAに対する関心が思ったよりも高いことです。

4年前には興味本位で来る人の方が多かったという印象があるのですが、最近になっていくつか高分子量ノンコーディングRNAに関するよい論文が出ているせいか、熱心に聞いてくれる人もいて、高分子量ノンコーディングRNAが市民権を得つつあるように感じました。

あとはよいデータを出すだけですね。それが大変なんですけど。

June 28, 2010

新潮流

先日、僕自身のホームグラウンド学会である発生生物学会の年会に参加してきました。

ここ数年で発生生物学会は大きく変わりました。一つは、国際化・英語化の促進。セッションは全て英語化され、ディスカッションが盛り上がらなくなった、と嘆く人もいれば、やっと海外にむけて情報を発信できるようになった、と喜んでいる人もいるようです。学生さんにとってはきつい学会になったとか言う声も聞かれますが、言語の習得なぞ若けりゃ若いほど上達は早く、それでもって多くのシニアな世代のPIは英語は苦手ですから、こと学生さんにとっては下克上のチャンス到来!と捉える方が自然でしょう。

もう一つは、ホモログ取り仕事の急速な終焉と数理生物学の台頭。ショウジョウバエで解析が進んだ遺伝子のマウスホモログやトリホモログの機能解析をしているだけで脳内ドーパミン大放出という時代はとっくに終わっていたのですが、ここ数年でそれはさらに拍車がかかり、文明としては滅亡しましたね。それと入れ替わるように勃興してきた数理生物学。猫も杓子も数理生物学。数式が分からなくても数理生物学。そこまで魂を売らなくても、、、という気がしなくもありませんが、既存の枠組みが急速に壊れつつあるのは間違いありません。Belousov-Zhabotinsky反応が発生生物学会のシンポジウムで話題になるなんて、誰が予想したでしょうか。人が「面白い」と思うことはこうも急速に変わってしまうのか。興味の根っこのポイントにしっかり碇を降ろしておかないと、あっという間に潮に流され太平洋のど真ん中、てなことになりそうです。

さて、来月には日本RNA学会があります。RNAをキーワードとする研究領域にも、RNA seqなり、Chip-On-Chipなり、新技術の波は確実に押し寄せてきてはいますが、既存の枠組はどう変わったのでしょうか。僕自身はRNA学会に出入りするようになってまだ数年しか経っていないので良く分からないのですが、設立当初と今年の学会を比べて、セッションの内容も随分変わってきているのではないでしょうか。ヘテロクロマチンなんて昔は誰も見向きもしなかった、とかいう話を聞いたことがありますが、いまやノンコーディングRNAが制御する遺伝子発現制御の一大スターです。10年後のスターとなるような話が今分かれば苦労しないんですが。そういう面白い話に沢山出会えるのが楽しみです。

中川

June 17, 2010

不都合な事実?

というわけではないんですが、、、

アレイのデーターを見直していて驚いたことの一つ。

マウス海馬の初代培養で最も発現量の多い (No.1!!) mRNA、それはノンコーディングRNAのMalat1。
なぜ死なぬ?

中川

June 15, 2010

昨日は、TVの前で日本代表を応援した方が多かったのではないでしょうか?

僕は、ONOのユニフォームを着て実験していた岩崎さんに対して、試合というだけでいつも嬉しそうな深谷くんに対して、僕と同じく悲観的な感じだった依田さんに対して、あまり興味のなさそうな包くんに対しても、「どうせ勝てないよ、負けるんだよ」と悪態をついておりました。

いやあ、あきらめるものではないですね(現金)。

そんなにサッカー詳しくないですが、現状考えれば、こういう勝ち方をするしかない、という勝ち方だったのでは、と思いました。

さんざん悪態ついてすいませんでした、という感じです。

魂をゆさぶっていただきました。


さて、時はさかのぼって、先週金曜日、都内某所でRNAな飲み会がありまして、とても楽しい会でした。

研究つながりしかないと思っていたさるお方と、(衝撃的なことに互いに全く気がついていなかったのですが)過去に草野球でバッテリーを組んだことがあったという奇妙な縁を発見して、これまたびっくらこいたわけですが。

世の中、狭いですね。


よーし、今日はがんばるぞ!!!


河岡慎平

June 14, 2010

発現量の多いノンコーディングRNA,,,

先日の泊さんのエントリーからずっと気になっているのですが、発現量が多いノンコーディングRNAがどれぐらい普通にみられるのか、Affymetrixのマウス3' expression arrayでマウスの脳の遺伝子発現を調べたデーターを、ちょっと見直してみました。

このアレイでは、大体39,000種類の遺伝子に対して合計約45,000種類のプローブがデザインされています。このうち、機能が推定できるタンパク質をコードしていない、いわゆるRIKENXXXXXGeneという名前が付いている遺伝子に約7000種類のプローブがデザインされています。広範な神経系で強く発現しているNカドヘリンが2,136番目に強いプローブだったので、これよりも発現量が多いRIKENXXXX遺伝子の数を数えてみると、93種類でした。でも、それらをよくよく見直しててみると、多くのものは既知のタンパク質をコードしていて、有意な読み枠が見つからない、もしくは長い読み枠が見つかるけれども既知のタンパク質に相同性を示さない物は24種類でした。ちなみにその中で3番目に強い遺伝子がGomafuです。

この数をどう見るか、微妙なところです。おおざっぱに言うと、マウスの脳における発現量上位5%の遺伝子をとってくると、そのうちの99%は既知のタンパク質をコードしている、ということになります。たった1%「しか」ノンコーディングRNAの候補がない、と考えるのか、1%「も」あると考えるのか。もちろんAffymetrixのexpression arrayにのっていない遺伝子も沢山あるわけで(そもそも3' expression arrayではmiRNAには基本的にプローブがデザインされていない)、RNAseqをやっている人の実感はどうなのでしょう。

ヒトやマウスで見られる大量のノンコーディングRNAは、種類としては沢山あるけれども、発現量の多いものはそれほど無い、けれどもそれらは高等脊椎動物特異的な重要な機能を果たしている、というのが目下の僕の作業仮説なのですが、ほんとのところはどうなのでしょう。それほど無いのなら全部ノックアウトマウスを作って表現型を調べてしまえ、という単純な発想しかできないところが悲しいところなのですが、まあ、そういう仕事をやる人も必要でしょう。でも、この手の「高発現量ノンコーディングRNA」が酵母や線虫やショウジョウバエでどれぐらいあるのか、恥ずかしながら良く知らないです。どなたか知っている人がいたら教えて下さい。遺伝学的な仕事にマウスがそれほど向いているわけではありませんから。。。

中川

Journal Club 6/14

[1] Mammalian miRNA RISC recruits CAF1 and PABP to affect PABP-dependent deadenylation.
Molecular Cell. 2009 Sep 24;35(6):868-80. PMID: 19716330

[2] The silencing domain of GW182 interacts with PABPC1 to promote translational repression and degradation of microRNA targets and is required for target release.
Molecular and Cellular Biology. 2009 Dec;29(23):6220-31. PMID: 19797087

[3] Structural insights into the human GW182-PABC interaction in microRNA-mediated deadenylation
Nat Struct Mol Biol. 2010 Feb;17(2):238-40. PMID: 20098421

[4] CCR4-NOT deadenylates mRNA associated with RNA-induced silencing complexes in human cells.
Molecular and Cellular Biology. 2010 Mar;30(6):1486-94. PMID: 20065043
      

真核生物のmRNAは3’末端に長いアデニンヌクレオチド鎖(poly(A))を持ち、その構造を安定化しています。poly(A)分解はmRNAの分解経路における最初のステップです。はじめにPAN2/PAN3脱アデニル化酵素がゆっくりと同調的にpoly(A)を~110nt程度に分解し、続いてCCR4/Caf1/NOT脱アデニル化酵素複合体が残りのpoly(A)をすばやく除去します。脱アデニル化されたmRNAの5’Capは脱キャップ化酵素であるDCP2により除かれ, 5’→3’エキソヌクレアーゼXrn、もしくはエキソソームによって3’→5’側からmRNA本体が分解されると考えられています。
今回紹介した論文は、miRISCがCCR4/Caf1/NOT脱アデニル化酵素複合体を動員し、標的mRNAの脱アデニル化を誘導する過程を詳細に解析したものです。以下、各論文の要点をまとめます。

[1]の論文では主にマウスKrebs-2細胞のライセートを用いたin vitroの実験を行っています。はじめに質量分析を行い、Ago2結合タンパクとしてPABPやCaf1が候補として上がってきました。ライセート中からCaf1を除くとAgo2を介した脱アデニル化が進行しないこと、翻訳抑制が解除されることが示されました。次に、ドミナントネガティブ型のGW182をライセート中に加える、もしくはライセート中からPABPを除くと脱アデニル化が阻害されることから、GW182、PABPを介したものであることが示唆されました。GW182はそのDUFドメインにPAM2モチーフを持ち、PABPのC末端ドメイン(PABC)と結合していることから、Ago2-GW182-PABP相互作用がCCR4/Caf1/NOT脱アデニル化酵素複合体を動員して脱アデニル化を進行するのに必要であることが示されました。

[2]の論文ではショウジョウバエのGW182がPABPと結合する際に必要なドメインを同定しました。ショウジョウバエのGW182は、PABPとの結合様式がヒトやマウスと異なり、主にDUF/RRM以降のC末端ドメインがPABPのRRM1-4ドメインと結合していることが示されました。また、GW182は脱アデニル化以降の段階でmiRISCから解離することが示されました。

[3]の論文ではヒトTNR6CのDUFドメインと、PABPのC末端(PABC)の結晶構造を明らかにし、結合に関わるアミノ酸残基を同定しました。DUFドメイン中のPAM2モチーフにおいて同定されたアミノ酸をアラニンに置換するとPABPとの結合が阻害されること、さらに脱アデニル化誘導能が大きく損なわれることが示されました。

[4]の論文ではHeLa細胞を用いて、Agoを介した脱アデニル化に関わる酵素を同定しました。ドミナントネガティブ型をトランスフェクションした実験により、CCR4/Caf1/NOT脱アデニル化酵素複合体がこの経路に大きく寄与しており、その一方でPAN2/PAN3やPARN脱アデニル化酵素はほとんど関わっていないことが示されました。さらにCCR4/Caf1/NOT脱アデニル化酵素複合体中において脱アデニル化活性を持つCCR4とCaf1のうち、Caf1の関与がより大きいことが示されました。ヒトにはCaf1のパラログであるPOP2が存在しますが、siRNAを用いたノックダウンの実験によりPOP2ではなくCaf1が主に働いていることが明らかになりました。また、Ago1-4を標的mRNAにテザリングする実験において、Ago1-4がそれぞれ同等の脱アデニル化誘導能を有することが示されました。

June 9, 2010

非コードRNAはどれぐらいあるのか?

PLoS Biologyにこんな論文が出ていました。
意味のある非コードRNAは、ヒトやマウスでさえも、思っていたほど多くないのでしょうか?

June 8, 2010

ノンコーディングRNAの普通さ加減

本日は某所で講義だったのですが、トランスクリプトーム解析の結果の基本的なところを知らないことに気づいてだいぶ焦りました。

マウスやヒトではpoly A(+)のmRNA型の転写産物のうち、種類としては半分ぐらいがタンパク質をコードしないRNAである、というのは良く耳にするし、実感も伴っているのですが、はて、ショウジョウバエではどうだったか、ということを考えたら、自信がなくなってきました。数時間後には講義。知らなくても良い知識に関してはバッチリ教えてくれるはずのGoogleを慌てて検索するもヒットせず。こりゃやはり知らなくては困る知識なのだなあと妙なところで関心、、、している場合でなく、すがる思いで影山さんに電話するも非情の留守電。基本に戻ってPubmed検索に戻って事なきを得ました。

要するに、転写産物の半分ぐらいがタンパク質をコードしていないというのは、珍しいのだ、ということが良く分かりました。ショウジョウバエでも、線虫でも、転写産物の9割方はタンパク質をコードしているのですね。

ゲノムのサイズは漠然と生物に対して抱いている複雑さの感覚とマッチしているところがあって、大腸菌、酵母、ショウジョウバエ、マウス、とたどっていくと、おおまかにいうと10の6乗、7乗、8乗、9乗とちょうど一桁づつ大きくなる、というのは、僕が学部生の時から、言われていました。当時はトランスクリプトーム解析など始まる前で、常識として感覚的にすり込まれてはなかったのですが、普段余りにもノンコーディングRNAに身近に接している分、ノンコーディングRNAが他の生物でも当たり前にある物だと、ましてや高度な体制を持つショウジョウバエでもマウスぐらいに普通にある物だと錯覚していました。恥をさらすようですが。

もちろん、不安定な転写産物を入れたり、近年大ブレークしているRNA seqの技術を使って見えてくる転写産物のことを考えれば、ノンコーディングRNAは広く生物界にありきたりの存在なのでしょう。しかしながら、「普通に」長いRNAをとってきて、「普通に」そういうものがある、半分ぐらいある、というのは10の9乗オーダーのゲノムサイズを持つ生き物だけと言ってよいのでしょうか。いい加減なことを言っていたらごめんなさい。

ちなみに、この手のノンコーディングRNAの多くは、エンハンサーがらみの配列から転写されているもの、と、これまた勝手に解釈しています。比較ゲノム解析から特定の遺伝子のエンハンサーをディープに解析しておられる方からの又聞きですが、迷ったときにはESTが貼り付いているエンハンサーを使え、だそうです。転写されているから使われているゲノム領域なのか、使われているから転写されているのか、良く分かりませんが、いずれにせよ、ノンコーディング領域のゲノムをpolIIに解放している生き物は、それなりにゲノムサイズに余裕がある生き物だけ、なのかもしれません。

中川

June 7, 2010

Journal Club 6/7

Small RNA duplexes function as mobile silencing signals between plant cells.
Dunoyer P, Schott G, Himber C, Meyer D, Takeda A, Carrington JC, Voinnet O.
Science. 2010 May 14;328(5980):912-6. Epub 2010 Apr 22.

Small silencing RNAs in plants are mobile and direct epigenetic modification in recipient cells.
Molnar A, Melnyk CW, Bassett A, Hardcastle TJ, Dunn R, Baulcombe DC.
Science. 2010 May 14;328(5980):872-5. Epub 2010 Apr 22.

植物ではcell-to-cellあるいは組織を超えてサイレンシングのシグナルが移行することが知られていた。しかしながら、具体的にどのような分子が他の細胞あるいは組織に移行するかは明らかになっていなかった。
Voinnetらのグループは15-20細胞間のサイレンシングシグナルの移行は長いdouble stranded RNAやAgo1に結合したsmall RNAではなく、21ntのsmall RNA duplexが移行することによって起こるということを示した。
またBaulcombeらのグループはshoot/root間の接ぎ木を行い、長いdouble stranded RNAではなく22-24ntのsmall RNAがshootからrootへの比較的長距離の移行をしていることを示した。また、この移行された22-24ntのsmall RNAがroot側で標的遺伝子のDNAのメチル化を誘導するということを示した。

June 4, 2010

コメントをしたのに

うまくできていませんでした、悲しい、、、

中川先生、そうです、ハッブルの観測です。
本を貸していて詳細が分からないのですが、かのアインシュタインが、自身の宇宙観に照らして無理矢理重力場方程式に導入した「宇宙定数(確か宇宙が定常的ということを示すために必要だった定数)」なるものが間違っている、ということを示したもののひとつが、ハッブルの観測だったように記憶しています。
僕は宇宙を眺めるのはただ楽しい仕事だと思っていたのですが、当時、空気がきれいな山の上に設置された望遠鏡を使って、こごえながら観測を続けるのは、それは体力の要る仕事だったそうです。
宇宙のことを考えると気が遠くなりますが、生命が宇宙のどこかからやってきたなんて話もあったりして、どうしても気になります。

影山先生、うまいこと旅ができるように、旅支度をさせております。
ごはんが足りていないような気もしますが、、、
またお話させていただきたいです。

はせがわさんのエントリで猫の話が出ていますが、うちには犬(♀)がいるのでした。
今晩は、彼女に、新しい仮説を話してみようと思います。

今日は、早く帰ってサッカーをみるかみないか、迷ったのですが、帰らなくて正解だったみたいです。
スポーツしたい今日この頃です。

河岡慎平

June 3, 2010

最近読んだ本

とある縁からこんな本を読む機会がありました。

「女性科学者に一筋の光を - 猿橋賞30年の軌跡」

猿橋賞はすぐれた研究を(現在形で)行っている女性研究者に贈られる賞です。私達の世代(40代半ば)のほんの少し前までの女性研究者は本当に大変だったようで、綺羅星のごとき猿橋賞受賞者でさえ、当時の偏見による苦労をしのばせる言葉を多々書かれてます。ただし、この点に関していえば、今は随分と変わったのではないかと思います。優秀な女性研究者が多数活躍されており(この領域にも昨年の猿橋賞受賞者である塩見さんをはじめ、何人も参加されています)、個人的には「女性研究者」という言葉そのものに多少の抵抗さえ感じます。年配の女性研究者が少ないこともあって、偏って男性研究者が多いことも事実ですが、差は減少する方向にあると思いますし、誤解を恐れずに言えば、将来的にはおそらく解消されると思います。

さりとて、社会は変わったか。どうでしょうね。少なくとも男性側がまだまだ甘えている部分はあると思います。わたし自身、色々と言い訳をしながら専業主婦である妻に頼りっきりで、彼女の全面的なヘルプがなければ研究を続けることはおろか、三人の子供を育てることも適わない(ただいま奮闘中です)というていたらくです。ただし、今はそういう甘っちょろい考えの男性は少なくなりつつあるような気がします。共働きという言葉が死語になるくらいに女性の就業率が高くなれば、そして十分な数の保育園があれば(子供手当よりも大事だと思うんだけど)、もっとはっきりと変わってくるでしょう。社会がもっとまともになるまで男女共同参画という言葉にはまだまだ意味があるし、そういう意識を持っていることは大事ではないかと思います。猿橋賞は、女性研究者という枠が取り払われ、取り立てて顕彰する必要がなくなれば終了するという趣旨だそうですが、少なくとも社会的にはもう少しの間必要なのかもしれません。

影山裕二