April 25, 2012

複合体同定と信頼感とーPost Keystone Symposia (5)

長鎖ノンコーディングRNAの機能解析がここ2、3年で急速に進んだ理由の一つは間違いなく大量シークエンシング時代が到来したからではありますが、特定の遺伝子をノックダウンした時の遺伝子発現変化については詳細な解析がなされていたものの、具体的にどのようなメカニズムで働いているかについてはなおざりにされていた感がありました。それが今回は、HOTTIPやlncRNAaシリーズなど既にpublicationされているもの達に関しては勿論の事、unpublishなのよーん、と期待を持たせて発表された、またその期待を裏切る事の無かった新顔の長鎖ノンコーディングRNAに関しても、少なくとも一つは相互作用するタンパク質が出て来て、機能的な考察が加えられているのがほとんど、ということに大きな驚きを感じました。RNAのパートナーを同定をしようとしてもなにかとバックグラウンドが多く、実際にやってみるとほとんどコントロールと差がない、あったとしてもabundantなものがたまたま引っかかって来たに過ぎない、ということもしばしばで、いわばそれを言い訳にして機能解析がトンとして進まない自分を慰めて来たところもありました。そういうことを言っていてはあっという間に取り残されてしまう、これが危機感の第一。HOTTIPに関してはHoward Changが抑制型のクロマチン制御complexの一つのタンパク質の安定化に関わっているという結構驚きの話をしていましたし、lncRNAaに関しては予想通りかもしれませんが活性化型のcomplexと複合体を作っているそうです。

 今から15年ぐらい前でしょうか、ハエの相同遺伝子を脊椎動物で解析するだけで面白い、箸が転がっただけで面白いみたいな時代があったのですが、その時も、ハエで新規遺伝子を取ったら脊椎動物の相同遺伝子の発現パターンを解析しているのは当然、それを出すのがマナー、大概はノックアウトマウスを作っているところまで進んでいる、などということもありました。勿論、そういった研究のお作法に従わざるを得ないというのは裏返してみればオリジナリティーが少ないという事でもあるのでしょうが、基本的には時代の中で研究をしている以上、その時代時代の最先端のテクノロジーや常法とされる研究の進め方に柔軟に対応していかなければならないというのは間違いない事実でしょう。それについていけなくなったら、そろそろ引き際を考えなくてはなりませぬ。ともあれ、長鎖ノンコーディングRNAの機能を語る時は必ずタンパク質もご一緒に。ご飯には野菜を一品取りましょう。みたいな感じでしょうか。

 ちなみにHoward Changさん。始めてお会いしたのですが、なんとなく論文は無理矢理感が強くてなんだかなあ思う事もしばしばだったのですが、鋭い質問は良く飛ばしているし、物腰は真摯だし、プレゼンは完璧だし、こういう人がやっている仕事なら、、、という信頼感みたいなものがプラスアルファーであるのだろうなという事を強く思いました。日本でも若いうちに学会で質問して目立つ事は重要なんだよ、と口やかましく言われますが、目立つとかそういう問題以前に、質問に立つ、ということは、ある意味小さな中間評価を常に受けている、ということでもあるのだと思います。発表をする際には勿論それを意識するわけですが、質疑応答、他の人のトークでの質問、ブレイクでのディスカッション、こういったミーティングでの振る舞い、一挙手一投足とまでは行かなくても、目立つ振る舞いに関してはプラスにせよマイナスにせよ将来的に論文、ひいては、その人のサイエンスの評価につながっているのかもしれません。投稿論文だけで評価するのがフェアー、なのかもしれませんが、実際本当かどうかなどという事は自分の手で確かめるまでは分からない訳ですし。論文のレビューアはほぼ間違いなく国外の人ですから、時差ぼけが嫌だ英語は嫌だとか言って海外のミーティングに行きたくない、なんてことをしていたら間違いなくあっという間に取り残されてしまう、昔からそれは思っていましたが、改めて今回それを再認識しました。これが第2の危機感でしょうか。(なかなか終わらない、、、)

中川

April 21, 2012

Post-Keystone Symposia (4)

年度末もしくは年始というのは報告書やら申請書やらなにかと色々な書類仕事がやってくる時期で、んなもん誰が読むのだろう、いっせいのせいでみんなが書くのをやめたらどうなるのだろう、別に今日書かなくても良いのだったら明日に回そうか、などなど、様々な悪魔のささやきを耳元近くで聞く時期であります。加えて花粉症の季節でもありまして、2月末から5月初めに至るまで、苦しむ人は苦しみ、そうでない人はケロリとしている、こんな世の中の不条理を許すまじ、とシュプレヒコールをあげてもスギなりヒノキなりが聞いてくれるわけでもなし。何かとアンニュイな季節ではあるのですが、その時期に、
1)完全書類書きフリー(連絡手段が無ければどうしようもない)
2)花粉フリー(スキー場には花粉は飛んでいない)
3)会議フリー(僕のような下っ端は出なければいけない会議はほとんどありませんが、、、)
という天国のような1週間を過ごして、まるで昔ほぼ全ての時間サイエンスに没頭していた、いや、サイエンスとパブ通いと塩野七生さんに没頭していたポスドク時代を思い出しておりました。実際のところ、研究所を取り巻く環境は今日びいろいろ厳しいらしく、それは厳しいと言っていないと存在価値が無くなる人たちだけが言っていることかと思っていたら、色々な人が、それぞれの思惑を持って、状況を憂いたり、制度を改革しようとしたり、改革に文句を言ったり、議論を始めたり、そういうところでは往々にしてある結論の先送りがあったり、結論を出しても大きな流れが変わる訳でもなく無力感だけ感じたり、しているみたいで、いろいろややこしい訳です。そのややこしさの余韻を感じながら、飛行機に乗り、空港や現地ではサイエンスの会話以外の言葉が通じない不自由を感じ、朝ご飯どうしよう、誰の隣に座ろうとミーティング特有のこれまたややこしいコミュニケーションに不安な気持ちを抱きながらセッションに突入したところ、アカデミックな事に関しては「饗応」というにふさわしい高レベルの話の数々。ああ、自分はこういうところに来たかったのだなと至極の喜びに浸る一方、ふと、日本に残して来た(一週間なのに大げさな)家族の事やら、ラボの事やら、理研を取り巻く状況やら、生物系で良くささやかれている様々な問題を思い出しているうちに、

ガガーリン

の気持ちになってしまいました。なかなかうまく伝えられないのですが、宇宙飛行士になって地球を眺めているような気持ちというのでしょうか。僕が子供の頃、某朝日新聞の朝刊の漫画はフジ三太郎だったのですが、冷戦のころ、サトウサンペイさんが書いた漫画に、しかめっ面をしたブレジネフさんと、レーガンさん。お互いに脅し合いのスピーチをしている二人が、同じ飛行船で宇宙に行って、青い地球を見て涙を流し、握手して喜び合って仲良くなる、というものがありました。本当に自分が大切にしたいものに出会えたときにはその他の争い事がどうでも良くなってくるはず、というメッセージが込められていたのでしょうが、当時中学生だか小学生だかひねくれていた僕はこんな「分かりやすい」漫画ちっとも面白くはないなどと思っていたのですが、たしかに分かりやすいけれども、その「分かりやすい経験」を、自分はした事はなかったのだなあと、つくづく今になって思います。経験というのは、それを実際に経験した人でなくては分からないもので、初恋を知らない人に初恋の甘酸っぱさを説明をするのは、リンゴとミカンしか食べた事の無い人に梅干しのあの独特の酸っぱさを説明するようなものです。

ともあれ、なんだかいろいろ自分では頑張って来たつもりでいたこの2、3年だったのですが、仕事に集中しているつもりがそうでもないところに結構労力を使っていたような気が、強力にしてきたわけです。「取り残される」。こんな事をしておってはいかん。もう一度ギアチェンジして頑張らないかん。と。会期の後半は、一刻も早く帰りたい。帰って実験したい。そればかり思っておりました。

なかなかサイエンスの内容には入れないのですが、次回こそ。多分数行で終わってしまいそうな気もしますが、、、

中川

April 20, 2012

Post-Keystone Symposia (3)

年末年始の書類の山が片付きだんだんエンジンがかかって参りました。連日投稿です。班員の皆さん、こんな僕を、どうか自己紹介なり、他己紹介なり、仕事の紹介なり、愛犬と私とハンカチとかで中断してください。。。ここはなんていったって新学術領域公式ブログですから。寡占は許さじ!!そのうち領域代表から当新学術協賛のCDBミーティングのアナウンス、および効能書きがあるはずです。
さて、今回のKeystone meetingですが、本邦、いや、全銀河初の、長鎖ncRNAを主体とした国際ミーティングだった(主催者談)だったわけですが、全体的なコンセプトもしくはホットトピックを一言で表すとすれば、

Pervasive transcription

と、

Chromatin associated RNAs

でしょうか。

Pervasive transcriptionはまだ適切な邦語訳は無いと思うのですが、「ゲノムのあちこちからRNAが転写されている、それってもうダダ漏れ」、という状態を表す言葉です。「ダダ漏れ」というところがミソで、漏れているのは漏れているのですが、「噴射」している訳ではなく、あくまでも「漏れ」です。つまり、大まかなところでいえば、ごく一部の例外を除き、タンパク質をコードする遺伝子しかゲノムから転写(噴射)されていない。でも、あちこちから、いや、ほとんど全ての領域から液漏れ程度の転写は起きている、プロモーターやら機能的に重要なゲノムの領域の転写はもうダダ漏れ、という概念です。

これに関しては肉眼で星を見るのとハッブル望遠鏡で星を見るのとえらく夜空の風景が違うのと同様、新しい技術を使えばそれだけ細部まで細かく見えるようになる、というのとだいぶん事情は似ています。ハイビジョンになって細部が繊細に表現されるようになって、テレビ局のメイクの人の苦労がどれだけ増した事か。眼鏡の度を直して世の中がどれだけ変わった事か。左様。同窓会では眼鏡を外すべし。などと馬鹿なことを言っている場合ではないですが、一昔前までは細部はゲノムのコンタミかもしれないからパス、という考え方もあったと思うのですが、今回のミーティングではその考え方を口にする人はほとんどおらず、たとえ居たとしてもほとんど議論の対象とならず(本当は多いに議論すべきところだとは思いますが)、むしろ、この細部からの転写をとことん観察して何が分かるのか、というところを出発点にしようというのが共通認識だったと思います。もうそこは議論するのはやめようよ、と。

次のコンセプトはクロマチンと相互作用するncRNA。これはXistが嚆矢となって業界に普く広がった概念だと思うのですが、いわゆるアンチセンスの転写産物を中心として、様々なトピックが紹介されていました。右にならえでなんでもかんでも転写制御、エピジェネティックな発現制御に結びつけば大満足、そこで万事終了、なんて思考を停止してはいかんだろう、と思いつつも、これだけいろいろ証拠が揃ってくると、やはりこれは長鎖ncRNAのメジャーな機能の一つなのだろう、という思いを一層強く持ちました。特に、ちょっと昔に一悶着あった高等真核生物の核内でのsmall RNAの機能に関しては、核内Agoを筆頭に、しばしばいろいろなトークで耳にしました。
ゲノムからたくさんRNAが読まれているっていうのはもういいよね、それで多くのものがクロマチンの制御を介して遺伝子発現制御に関わっているみたいだね、というだけでしたら、何を今更、という感じですが、なぜ僕は「取り残される」という感覚を味わってしまったのでしょう?続きは有料サイトで。ではなくて、明日以降。

中川

April 19, 2012

Post-Keystone Symposia (2)

さて、今回のミーティングは、Kevin Morrisさんが言い出しっぺで、ちょっぴり権威付け?に長鎖ncRNAのオピニオンリーダーJohn Mattickさんと知る人ぞ知るアメリカンヒロインJeanne Leeさんを巻き込んで立ち上がった企画だったらしいのですが、おそらく、「小さなRNA」をメインテーマにしたのでは「ない」、初めてのncRNAに関する本格的な国際ミーティングだったのでは、と思います。できたてホヤホヤのミーティングの熱気は、「ホヤホヤ」なんて生易しいものではありませんでした。とにかく熱い。熱い。実に熱い。アッチッチ!!火傷しそうなぐらい熱気に包まれたポスターセッションが特に印象的だったのですが、参加人数からして規格外でした。企画当初は「100人も集まればいいかのー、ほれ」みたいなノリだったそうですが、ちょっぴりサバを読んだミーティング開催のプロポーザルでの予定参加者は150人ぐらい。いざ申し込みを受付てみるとあれよあれよと言う間に会場のリミットの180人を軽くオーバー。折角の「最初」の長鎖ncRNAミーティング、申し込み時のアブストラクトでセレクションをかけるのはやめよう、というオーガーナイザー3人の強い意思のもと、来る者は拒まず、千客万来、お客様は神様です状態にしていたら、最終的には300人ほどに膨れ上がってしまったそうです。キーストンの持ち味は親密なコミュニケーション。人数があんまり多くなるのは嬉しくないなあ、と、かなり早い段階で申し込みをしていた僕は持ち前の身勝手さを発揮して、神さまが見ていたら、これこれ、コツン、と頭を小突かれそうな疾しい心を持っていたのですが、いざフタを開けてみると、これが人数を全く感じさせない緊密さでした。公式参加者は300人。実際の参加者はみんなスキーに行っていたので50人。なんて事はありません。話をしたい人はすぐそこに見つかる。今は話をしているので近づけない。でも待っていれば自然とそういうチャンスも回ってくる。そういう時間がずっと続いていたような気がします。 肝心の内容に関しては、次回にします。 中川

April 18, 2012

Post-Keystone Symposia (1)

リアルタイムでミーティングの様子を伝えようとしていた目論見はものの見事に崩れ、気がつけば帰国してから2週間が経っています。ブログよりもTwitterの方がリアルタイムで物事が伝わるという理由が良くわかった気がします。まずそもそも部屋にネット環境が無かったし、コーヒーブレークはディスカッションやらなんやらと結構忙しいので、ちょっとブログでも書こか、という感じでもないのですね。Twitterのハシュタグ#KSRNAはそれなりに色々な人がつけていたようです。ようです、というのは、現在そのタグが使えていないので、全体像が分からないのですが、Googleロボット恐るべし、色々な記事を拾ってくれます。結構突っ込んだ内容も書かれているので、それを知ったどこかのお偉いさんが「ゴラー、これclosed meetingって言ってただろがー。どないしてくれるんじゃー」と、怒鳴り込んでタグ消滅、となったのでしょうか。ポジコンとして他のタグは使えるようなので、何かしら事情があったのか、それともそもそも期間限定だったのか、良くわかりませんが、試みとしては面白かったと思います。情報管理の考え方は世代間でいろいろ異なっていて、ちょっと昔だと情報漏洩するからよそのラボの人と仕事の話はするな、しても論文掲載が決まった話しかするな、とかおっしゃられる方もいたとかいないとか、個人的にはその感覚は信じられませんが、今でもそういう考え方の人はいるのかもしれません。この辺りかなり個人差があるところでしょう。ただ、これだけTwitterなりブログなりが発達してくると、情報というのは漏れるものだと。情報が漏れて困る、漏れないことを前提として始めて成り立つような仕事は、そもそも成り立たなくなると。そういった時代がくるような気はします。事の是非はともかくとして、時代というのは急速に変わるものですし、敢えて取り残されるのを良しとして取り残されるのは構いませんが、取り残されることに自虐的喜びを感じるというのは全然構いませんが、自虐的喜びその他諸々の事情を鑑みて携帯電話をいまだに持っていないのですが、取り残されるつもりは無かったのに取り残されてしまうというのは、ちょっと勘弁願いたいです。
さて、今回のKeystone Meeting。この、「取り残される」という感覚をひしひしと感じて帰国して参りました。これはヤバいぞと。気合いを入れて仕事をしようと。気合いを入れすぎて先週なぞ20年ぶりぐらいに徹夜で実験なんかしてしまいました。詳細は、次回に。

中川

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ちなみにこのブログの投稿メニューがリニューアルされたのですが、これまた使いにくい。拙速である。再考すべきである。とか言ってると時代の変化についていけず文句だけたれているなんたら新聞になってしまうので、この変化に柔軟に対応して、リニューアルした人の意図を汲み取っていきたいものです。OSXが変わるたびにブツブツ文句をいいながらも、結局最新版が一番素晴らしいと思ってしまう。そう思わせるアップルはさすがです。