April 28, 2010

基幹研究所チュートリアル科学道場ー拙者と切磋琢磨いたさぬか?

 ncRNAとは少し離れた話題なのですが、理研の基幹研のチュートリアルシリーズのご案内です。
http://www.riken.jp/lab-www/nakagawa/dojo/

 前にもすこしここに書き込んだのですが、理研にも学生さんが若干ながらいます。理研には三島にある遺伝研や岡崎にある基生研・生理研とちがって大学院がないので、当然ながらそれら学生さんは本職といいますか、所属先の大学院があります。とはいえその所属先の大学院の講義なりセミナーなりに毎回出席するというのは物理的にも精神的にも大変なので、ついつい、目の前の研究に没頭してしまうことになります。研究に没頭すること、それ自体は悪いことではありませんが、自分の研究室のボス以外のPIを知る機会が全くないというのはほめられたことではありません。一方、大学院の講義なぞ体をなしているんだかいないんだか、という牧歌的な時代もあったようですが、近頃ではそれなりにしっかりしているみたいです。これはとても良いことで、例えば他大学の大学院に進学した場合、大学院の講義がないと、所属研究室以外のPIに身近に触れる機会がぐっと少なくなってしまいます。ところが、きちんと大学院でも講義があれば、食堂で見かける辛気くさいおっさんが、実はとんでもなく難しい数式を魔法のように操るマイスターだった、しかもその人は隣の研究室の人だった、なんてことを知る機会が用意されているわけです。秋深き隣は何をする人ぞ。そうなるとよそ者でも中に入りやすくなるといいますか、この大学院の授業のおかげで他大学の研究室を選びやすくなっている効果は絶対あると思いますし、せっかくの学者さんの卵たちが蛸壺化してしまう危険性を大いに減らしている効果もあるでしょう。

 さて、話は戻って理研なのですが、いわゆる講義という物が全く無いので、せっかく研究に参加してもらっている学生さんに、所属先以外の研究室を知る機会がハッキリ言って皆無なんですね。もちろん各種セミナーはありますからそれに参加すりゃあ良い、という理屈はあるわけですが、ぶっちゃけた話、いきなり異分野のセミナーに飛び込んでいって「面白い」と思えるかといえば、そうではないでしょう。まずは異分野のキーワードだけでも理解する、そういう講義シリーズがあってもよいのではないか。いや、そういうシリーズを作ってみましょう。また、学生さんやういういしいポスドクさんに、理研基幹研にはこんな研究分野がある、こんなPIがいる、ということをもっともっと知ってもらおう、ということで始まったのがこのチュートリアルシリーズです。

 とはいえ、理研の基幹研、これがカバーしている分野がべらぼうに広いのです。いわゆる物理、化学、生物、すべての分野がごっちゃになっていますから、良く言えば分野を超えた連携が可能、悪く言えば、まったく方向性無し、協調性なし、なんてことになりかねません。学問には階層性があって、例えばハミルトニアンと行動生理学をわざわざ結びつける必要は全く無いわけですし、無理して連携連携と連呼しても、耳ざわりのよい美麗美句に終わってしまうのが関の山でしょう。余りにも分野が違う若手研究者を対象にした「チュートリアルシリーズ」をやることにどれだけの意味があるのか、正直言って僕も良く分からんとこはあります。でも、古典的な「發生学」が遺伝学や生化学、そして分子生物学と出会ってモダンな「発生生物学」へと変身した例を持ち出すまでもなく、連携が美麗美句に終わらん例も多々あるわけです。個人的には、次世代シークエンサーやらマイクロアレイからはき出される大量の情報を前に呆然と立ち尽くすしかない我々迷える子羊を、一見意味のない大量の加速器を使った観測データーを数理的に解析して宇宙の誕生の謎に迫っている物理学者が救ってくれたり何かしてくれたりしないだろうか、と、夢想したり、しています。

 このチュートリアルシリーズ、特に非公開というわけではないので、ご興味のある方は是非いらして下さい。前期は生物系なのでいまさら聞くまでもないという方が大半かもしれませんが、後期は物質科学系、期待できますよー。と宣伝しておきます。

 またちなみにRNA。「RNAやってます」というのは「ラクロスやってます」ぐらいに微妙にむずがゆい表現なのですが、RNAというキーワードだけで、凄く広い分野の研究者が一体となれるのは凄いことだと思います。敢えて死語を使いますが、ビバ、RNA!

中川

April 20, 2010

TRC 2010

みなさまお待ちかね(?)東京RNA clubのご案内です。勝手にリンク作って貼っておきます。
http://www.riken.jp/lab-www/nakagawa/TRC2010.pdf

慶応大学の塩見研と産総研の廣瀬さん主催のミーティングです。前回の分子生物学会の時は諸般の事情でスピーカーを交えたミキサーの時間があまりなかったみたいですが、今回は、きっと、十分にあるはずですよね。学生さんや若いポスドクの方々にとってきっと良い会になるはずです。もちろんシニアな方も。。。

大地の恵み

この新学術が誕生した(つまりプレゼンの審査があった)のは、昨年の6月末、忘れもしない第67期将棋名人戦最終局第7局の直後だったか直前だったかのはずです。領域の立ち上げにゲロ吐かんばかりに精進していたKさんやTさんの苦労を知ってや知らずか、郷田か羽生か、と手に汗握る矢倉戦のネット中継に貼り付き、いやいや、出張先のシンポジウムの白熱したトークに時を忘れ、まだまだ高い北の大地の初夏の夕日を見ながらの贅沢な夕食も、あまりにも濃厚なディスカッションのせいでほとんど喉元を通らなかったのを良く覚えています。北の大地と言えば、北大、北大でノンコーディングRNAといえば高木信夫先生ですね。個人的には存じ上げていないのですが、 mRNA型ノンコーディングRNA(もしくはlong noncoding RNA、もしくは高分子ノンコーディングRNA)のスーパースターXistが制御するX染色体の不思議な挙動を、それこそ僕が生まれる前からずっと追い続けておられる高木先生の研究の履歴、一度お伺いしたいものです。で、そのXistですが、これはノンコーディングRNAに興味を持っている人でなくても、一度その話を聞けば何とも奇妙なその振る舞いに心動かされずにはおれんという人が多いのではないでしょうか。なんと言っても、転写産物のRNAが染色体に貼り付いてそれを覆い尽くすなどというおよそmRNAにあるまじき振る舞いを示します。それに引き続いて染色体を丸ごと不活性化するという機能もさることながら、X染色体が何本あろうともかならず一本だけ不活性化しない染色体を残しておくという機構などは、まさに神のなせる技であり、この不可思議に真っ向から挑戦している人たちは数多くいます。本blogシリーズ(そう、シリーズのはずなんです。バトンは次に。駒はマス目の真ん中に。)に既に登場した佐渡さんなどは、まさに本邦が誇る研究者なのですが、来たるCDBミーティングには、新進気鋭のXist研究者、Joost Gribnauさんが来られます。どうやって二本あるうちの一本だけが不活性化する道を選ぶのか。その不活性化プロセスで中心的な役割を果たすXistの発現がどのように制御されているのか。きらきら光るデーターをばんばん出されていますね。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19945382
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18267073
どんな発想で仕事をしておられるのか。世代的にも近いので、お話しするのが今から非常に楽しみです。

さて、話は思い切りそれて冒頭に戻るのですが、ほぼ一年を経て、今、ちょうど第68期将棋名人戦が行われています。今日は第二局、我が心のふるさと、悠久の青春の地、遠野での対局です。理論上指し手は全て予想できるのに、なぜここまで人は魅了されるのか。そういう意味で、とても将棋は興味深いです(ほとんど駒の動かし方しか知りませんが)。すべての俳句も、小説も、理論上は全て予測できるのに事実上同じものは無く、そのそれぞれにそれぞれの読み方響き方があるのと同じなのでしょうか。ATCGで情報が決まっている生き物の可能性などたかがしれていると思うのに、その稚拙な予測をあざ笑うかのように思いもよらぬ顔がいつも飛び出してくる。深いですねー。

中川

April 9, 2010

車マイケルさん(2)とTokyo RNA Clubの宣伝

Carmichaelさんといえば、やはり2001年のこの論文が有名でしょうか。ウイルスに対する防御機構として、ウイルス由来の二本鎖RNAが「細胞質」でインターフェロン応答をおこすことは教科書にも載っている周知の事実です。では「核内」においてウイルスが作る二本鎖RNAはどういう生理反応を引き起こすのでしょう?という疑問に、極めて明確に応えてくれた論文ですね。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11525732

答えは、、、見てのお楽しみ、なんてもったいぶらずに明かしてしまいますと、二本鎖RNAは核内でADAR、つまりアデノシンを脱アミノ化してイノシンに変換する酵素で認識されるために、いわゆるイノシン化修飾を受けます。一方、核内にはp54nrbなるイノシン結合タンパク質が存在します。従って、イノシン化されたウイルスのRNAはp54nrbのはたらきでしっかりと核内に繋留され、細胞質に移行できない。ウイルスの増殖が抑制される、という非常に明確な話です。この論文のキモは、イノシン化された二本鎖RNAに特異的に結合するp54nrbをいわゆるpull downで精製してきた、というところです。コントロールは修飾を受けていない二本鎖RNA。アイデアがシンプル明快。目の付け所が絶品チーズバーガーです。

さて、このイノシン化修飾を受けた二本鎖RNAの核内繋留メカニズムが、ウイルスが作る二本鎖RNAにしかはたらかないのか、というところが気になるわけですが、それに関してはPrasanthらによる次の論文が一世を風靡したのが記憶に新しいです。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16239143

高等脊椎動物においてはレトロトランスポゾンが大量に挿入されています。遺伝子によっては複数個挿入されていて、そのうちの一部では逆位に二つ挿入されている物があります。するとどうなるか。分子内で二本鎖を形成してしまいます。そうすると、そこがあたかもウイルスが生活環の過程で作る二本鎖RNAがごとく認識され、イノシン化され、あとは一緒です。つまり細胞質に運ばれずに核内に繋留され、普段は発現抑制を受けています。ところが細胞にストレスがかかると、メカニズムはまだ良く分かっていないのですが、このUTRに挿入されたレトロトランスポゾンの部分の手前でmRNAが切断されてしまうらしいです。そうすると、イノシン部分が切られてしまうわけですから、結果として核内繋留が外れる。晴れて細胞質に輸送され、翻訳されるようになる。しかもこのような制御を受けているmRNAは、ストレス時に必要なタンパク質をコードしている。なんだか出来すぎた話のような気がしますが、およそ生物学が明らかにしたことは、出来すぎた話ばかりです。神は偉大なり。

さて、Prasanth論文の続編とも言えるのが、再びCarmichaelさんのとこからでてきた次の論文で、これまた愁眉です。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19716791

ここでやっと、本新学術の研究領域とつながってくるのですね。イノシン化されたRNAはパラスペックルと呼ばれる核内構造体に繋留されているのですが、このパラスペックルの構造を維持しているのがノンコーディングRNA、MENbetaです。このノンコーディングRNAが無いと、パラスペックルは出来なくなってしまいます。産総研の廣瀬グループをはじめとして同時に3グループから報告されています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19188602
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19106332
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19217333

Carmichaelさんらが発見したのは、ES細胞ではMENが発現しておらず、従ってパラスペックルも無い。そうなる逆位レトロトランスポゾン挿入を受けた遺伝子の核内繋留もおこらず、そのことがES細胞の多分化能を制御している、というお話しです。

イノシン化二本鎖RNA結合タンパク質の同定>新規mRNA核内繋留機構の解明>核内繋留がおこる核内構造体の発見>核内構造体のより高次な生理機能の解明

という、研究の流れが明確に読み取れます。

ところでこのCarmichaelさん、実は非常に古くからRNA結合タンパク質のpulldownによる同定の試みを行っていまして、年代から推し量るにその草分け的存在とも言えるのではないでしょうか。どうやってRNAをビーズに固相化するか。そういうところから自分で工夫しておられます。当時の実験風景、ぜひ直接会ったときに聞いてみたいものです。実は同姓同名の別人の人の実験だったりするかもしれませんが、、、Carmichaelさんがそもそも二本鎖RNAの研究を始めたきっかけというのは、Polyomaウイルスの初期遺伝子から後期遺伝子への発現スイッチの制御機構の研究であったみたいです。ウイルスとホスト細胞の戦いのような場では生物が持つポテンシャルが最大限に発揮されていて、そこで見られるメカニズムは何らかの形でもっと高次の生命現象にも反映されているのが面白いですね。また、僕自身が特に感動を覚えるのが、Carmichaelさんの研究をずっと貫いている、RNA研究の生化学という一本の糸です。こういう一貫性というのは、見ていて、すがすがしく、羨ましく、目指さなくてはいけないことだと、つくづく感じます。自分自身だいぶん浮気性なので、この辺とても恥ずかしいです。

いずれにせよ、今回の話の全て、僕自身が論文上でしか知らないことなので、直接その研究を生きてきたご本人の生の話を聞けるというのが、大変楽しみです。Carmichaelさんは5月の7日に慶応大学の塩見研で行われるTokyo RNA Clubにも来てくれるそうなので、興味を持たれた方は是非いらして下さい。こちらは自由参加です。

中川

April 6, 2010

車マイケルさん

先の泊研の論文紹介、望月さんの仕事ですね。始めてテトラヒメナのゲノムの再編成の話を聞いたときは、また、それがRNAiがらみで説明できると言うことを知ったときには、目から鱗が落ちる思いでした。仙台かどこかの発生生物学会だったでしょうか。学会初日か二日目ながら、早くラボに戻って実験したくてたまらなくなったのを良く覚えています。

さて、来たる五月、ゴールデンウィーク明けに、神戸理研の発生再生科学総合研究センターでRNA関連のミーティングがあります。僕が学生の頃なぞは年に一回か二回海外の研究者を見かける機会があれば良いほうで、基本的に国内にいては海外の研究の第一線に触れることはできなかったのですが、いつの頃からか、日本でも驚くほどに国際色に富んだミーティングが、それこそ年に数回以上、頻繁に開かれるようになりました。良い時代です。この手のミーティングの一つの楽しみは、普段論文でしか接することができなかった海外の研究者のナマの姿を直に見られ、しかも参加人数も少ないので突撃していけば話が出来るチャンスがあるということでしょう。もちろん実際にアメリカやらヨーロッパやらで行われるミーティングに参加すればそういうチャンスもあるのでしょうが、なにせそういうところでは我々は完全アウェー。現役ばりばりの海外研究者サロンでの楽しげな会話の輪に入っていこうと無理して曖昧な笑みを浮かべて背後霊のようにつきまとっていても、薄気味悪いと塩をまかれるのが関の山だったりします。その点こちらでは強いですね。英語の表示が全く無い近鉄電車の京都駅で切符も買えずにおろおろしている海外の大御所を窓口まで連れて行き、「高の原、二枚」と言ったりできますし、551の豚まんを買ってやって感謝してもらうことも可能です。

話がそれてしまいました。これからこのCDBミーティングに来られる研究者の方々を出来る限り紹介できればと思っているのですが、まずはGordon Carmichaelさんです。長くなりそうなので、続きは次回に、、、、

中川

Journal Club

これから随時、泊研で行っているJournal Club(雑誌会)で取り上げられた論文の要点を簡単にまとめたものを、紹介していきたいと思います。まずは今年度第一弾です。

Noto T, Kurth HM, Kataoka K, Aronica L, DeSouza LV, Siu KW, Pearlman RE, Gorovsky MA, Mochizuki K. The Tetrahymena argonaute-binding protein Giw1p directs a mature argonaute-siRNA complex to the nucleus. Cell. 2010 Mar 5;140(5):692-703.

背景:

単細胞生物であるテトラヒメナには小核(生殖核)と大核があり、小核は普段は転写が行われていないが、大核は、生育に必須なすべての遺伝子発現を担っている。大核は小核に由来するものの、大核は小核の一部のIEM配列(internal eliminated sequence)を欠失している。IEM配列には、リピート配列やトランスポゾンなどの(生存に必須でない)配列が含まれている。大核からIEMの除去にはscan RNAとよばれるちいさなRNAが関与している。

大核のIEM配列の除去機構については、これまでに以下のようなことが明らかにされている。

栄養条件下では、小核での転写はほとんど観察されないが、飢餓状態になりテトラヒメナが接合する状態になると、小核でbidirectional(双方向の)転写が起きる。それを基質として、Dcl1が約28ntのscan RNAを生成する。細胞質に移動したScan RNAはTwi1(PIW cladeのArgonaute)に取り込まれ、Twi1-scan RNA複合体は古い(接合前から存在していた)大核に移動する。その際、自身と相補的な配列からなる転写産物(ncRNA)があるかどうかのスキャンが行われると考えられている。古い大核においては、IEMが欠損していて転写産物(ncRNA)も存在しないため、IEM配列由来のscan RNAは相補的なペアを形成することが出来ない。そのため、IEM配列と相補的な配列をもつTwi1-scanRNA複合体は、古い大核を飛び出し、次にzygoteから作られた出来たばかりの新しい大核へ移動し、IEM由来の配列からなる転写産物(ncRNA)と結合する。その結果、ヒストン修飾酵素群など(H3K9酵素等)がリクルートされることにより、その領域がヘテロクロマチン化され、最終的にはそれを目印としてIEM部分のDNA配列が切断される(おそらくトランスポザーゼによって(最近同定されています))。古い大核は、そのまま壊され(アポトーシス的に?)、接合した小核由来のあたらしい大核に置き換わる。

Dcl1は小核に、Twi1は細胞質と大核に存在に存在することが知られていたが、Twi1の核局在のメカニズムは不明であった。

結果:

Noto et al., らは、Twi1はスライサー活性をもち、その活性が核への局在に必須であることを示した。また、Twi1と相互作用する因子として、Giw1を同定した。Giw1とTwi1の結合は直接的であり(RNAが媒介していない)、二本鎖scan RNAではなく、一本鎖scanRNAを保持した状態のTwi1とより強く結合する。Giw1の変異体ではTwi1は核に局在することが出来ない。よって、Giw1は、二本鎖scanRNAがunwindして一本鎖scanRNAを保持した状態のTwi1を特異的に認識して、大核へと輸送していることが明らかとなった。