August 31, 2010

Malat1 (1)

核内に大量に、しかも安定に存在するノンコーディングRNAがどのような生理機能を持つか、というのは当新学術影山班の重要な研究テーマの一つなわけですが、そのうちの一つ、Malat1がスプライシング因子の局在を制御することによってターゲットの遺伝子の選択的スプライシングを制御しているという論文がここんとこ立て続けに出ています。
Mol cellの論文
EMBOの論文

ここで両論文の最重要プレーヤーであるPrasanth Kannanganattuさんについてちょっと紹介です。彼は僕にとっては吹雪のシベリア平原で出会ったコサック兵みたいなもので、興味が重なって戦々恐々薄氷を踏むがごとしみたいなところもあるのですが、個人的には一緒にこのノンコーディングRNAというマイナーな業界を盛り上げていきたい(おもいっきり背伸びした表現)、というか彼が盛り上げていったところに負けずに必死でついていきたい、と思っています。記憶力の良い方はそういえば分子生物学会・生化学会合同年会のBMB2008のシンポジウムに来ていたな、と思い出していただけるかもしれませんが、そんな超人的な記憶力を持ち合わせているのはGoogleだけなので補足いたしますと、もともとはインドのショウジョウバエのラボのLakhotiaさんのところでヒートショックに応じて誘導を受ける核内ノンコーディングRNA、hnr[omega]の研究で学位を取った後、コールドスプリングハーバーのDavid Spectorのところでポスドクをしてパラスペックルに繋留されるターゲット遺伝子、CTN-RNAを同定し、その後イリノイ大学でテニュアトラックのポジションに若くして就任した元気な元気な若手PIです。

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ちなみにファーストネームはKannanganattuなので「Hey! Kannnan!(心の中では艱難)」とか酔いにまかせてメールをしたら全くレスポンスが無く、なんかやなやつだなあとか思っていたら、学会で実際に会ってみるとそんなことは全く無くとても友好的な人でしたし(講義の準備でそれどころではなかったらしい)、論文そのまま、さすがトークも質問も鋭く、力石のカミソリアッパーのような頭の回転の鋭さにフラフラになってしまいました。Kannanganattuは英語できちんと発音することは極めて困難らしく、欧米人にとってはまだちゃんと発音できる「Prasanth(ぷらシャン、「ャ」にアクセント)」を使っているそうです。日本人には普通に発音できるファーストネームなんですが。暑いですよね。2010年のこの夏。「かなわんわ夏っーー!!(夏の「つ」にアクセント)」と言えば、ほぼ完璧な発音らしいです。仏教偉大なり。

論文の詳しい内容について、整理も兼ねて、これからちょっとまとめてみたいと思います。

中川

August 23, 2010

閑話休題

当新学術はじめ複数のメンバーは元もしくは現「JSTさきがけ」のメンバーなわけですが、そのさきがけの領域会議が能登でありまして、いつもと変わらぬ遠慮のない熱いディスカッションが交わされている中、ちょっと中入り、二日目の晩です。

というわけで、閑話休題というのもよかろうかと、

個人的な話をするのはあまり好きではないのですが、実は先日休暇を取っておりまして、そこでブヨの襲撃を受けました。ブヨ、というのは厄介な生き物で、なんかかゆいな、と思ってスネを見ると黒ゴマ模様が見え、なんじゃいやこれと、はたいてこすると血がにじんでたりして、でもその時はそれほどでもないからといってほっておくと、ムヒやらキンカンで収まるような生やさしい程度を100倍ぐらい超えた激しい痒みに、翌日からその後2-3週間にかけて苦しむハメになると言う、とんでもないものです。

ブヨのまともな襲撃を受けたのは20年ぶりだったので、昔を思い出して戦慄すると共に、当時最も効果のあった冷たいシャワーを浴びても、効果無し。抗ヒスタミン剤効果無し。ステロイド剤効果無し。まあそれがブヨってもんよ、なんて高楊枝でいられればよいのですが、そんな程度を越えた痒みが襲ってくるわけです。

患部は熱いわかゆいわ部屋は暑いわ寝られたもんではない。というわけで、もしかしたら今の時代だし、という淡い期待を込め、藁にもすがる思いで、ネットをGoogle検索してしまったところ、出てくるわ出てくるわ。ブヨの体験談。本当に知りたいことは何一つ分からないけれども何でも知ることが出来得るインターネット。と思いきや、NHKで言うところろの某インターネットの巨大掲示板、要は2chがトップヒットで出てくるではないですか。

ブヨってどうよ、何刺され目、みたいな掲示板で、「熱いシャワー、最強」みたいな感じで書いてあって、余計ひどくなる処置をおもしろがって騙そうとしているのかな、と思ったのですが、なんだか、熱いシャワー、神、みたいな雰囲気なのです。握っているだけですべてのストレスが解放される石を買うヒトの気持ちが良く分かるのですが、余りの痒さに、ポットのお湯を湯飲みに入れ、ブヨに指された傷口に押し当てて数分。。。


サイエンティストは、何となく合理的な説明に弱いのです。ブヨの毒は熱に弱いらしいです。つまり、加熱すると熱変性して、もはや毒物としての活性を失うと。なので、低温やけどになるかならないぐらいの熱を加えると、直ると。熱いシャワーでも、暑いドライヤーでも、直ると。多分、ホカロンみたいな携帯用カイロが夏に馬鹿売れするきっかけになるのではないかと。

という、無責任な掲示板の論調に救われた日として、8月18日は永遠に僕の記憶に残ることでしょう。


中川

August 9, 2010

lincRNAとp53

A Large Intergenic Noncoding RNA Induced by p53 Mediates Global Gene Repression in the p53 Response.
Huarte M, Guttman M, Feldser D, Garber M, Koziol MJ, Kenzelmann-Broz D, Khalil AM, Zuk O, Amit I, Rabani M, Attardi LD, Regev A, Lander ES, Jacks T, Rinn JL.
Cell. 2010 Jul 29. [Epub ahead of print]

またまた心臓に悪い論文です。自分のやっている仕事と非常に近い内容の論文がよその研究室から出たときに素直に喜べるかどうかで人間の器の大きさがわかるというもので、ナンダコンチキショーとか悪態をついているようではいかんのですが、まあタクラマカン砂漠で同志に出会ったということで、素直にこの分野の隆盛を喜びましょう。かつてスタンフォード大学のHoward Changさんの研究室でHOTAIRを見つけた、現在Broad instituteのJohn Rinnさんのところからの仕事です。

p53は有名なガン抑制遺伝子ですが、彼らはアレイを用いてその下流で発現量が大きく変動するノンコーディングRNAを探索し、p21に隣接する領域から発現するノンコーディングRNAを見つけて、linc RNA-p21と名付けました。この遺伝子が実際にp53によって引き起こされる遺伝子発現の変化に関わっているかどうかをノックダウン&アレイ解析で調べ、さらにp53が引き起こす細胞死の誘導という生理現象を下流で制御しているかどうかもノックダウン&過剰発現で調べています。次から次へと出てくるアレイ解析のデーターは、さながらハエ一匹退治するのにバズーカ砲をぶっ放している感もありますが、非常に綺麗に彼らの主張をサポートする結果になっています。

では実際にどのようにしてターゲットの遺伝子の発現を制御しているのか。彼らはシンプルなpull-downの実験でlinc RNA-p21の結合パートナーとしてhnRNP Kを同定し、この結合と実際の機能との関連を検証するためにhnRNP Kのノックダウンとp53やlinc RNA-p21のノックダウンが似たような効果があることをまたまたマイクロアレイ解析で示しています。結果は勿論ポジティブ。さらにはhnRNP Kがp53なりlinc RNA-p21で制御される遺伝子の上流に結合しているかどうかを、Chipアレイで調べています。アレイ解析の嵐。ここまでインフレが進むとバズーガ砲も竹槍ぐらいに思えてくるのが不思議ですが、いずれにせよ、hnRNP Kとlinc RNA-p21の複合体がターゲットの遺伝子の上流にまだ未知の機構によってリクルートされ(おそらくはlinc RNA-p21の塩基対形成の助けを借りて?)、これまた未知の機構によってhnRNP Kを介したクロマチン修飾が行われる、という仮説を提唱しています。

ただ、どうも一つ引っかかるのは、たびたびここでも言及していますが、発現量に関する話です。アレイのデーターのヒートマップは近頃は目にしないことがないぐらいおなじみの図ではありますが、コントロールと比べてウン十倍の発現量、という記載はあっても、ではもともとその遺伝子はどれぐらいの発現量があったのか、それがどれぐらいまで増えた・減ったのか、という記載はまれです。たとえばlinc RNA-p21をマウスのゲノム上で見てみますと、、、


これはNCBIのMapViewerで、ゲノムにぺたぺたいろんなESTを貼り付けてある図ですが、上の方にずらっと並んでいるのがSfrs3というSRタンパク質の、下にずらっと並んでいるのがp21のESTです。真ん中あたりにちょろちょろ見えているのがlinc RNA-p21ですが、だいぶ発現量は低そうです。また、これらのESTはごく限られた組織、内耳と肺由来のものしかありません。

また、ヒトのホモログがあるのかないのか、は良く議論されるところですが、ヒトのシンテニー領域を見てみると、、、


ほとんどESTは貼り付いていません。Unigeneもこの領域には登録されていません。

つまり、この遺伝子はヒトには相同遺伝子が存在せず、マウスにおいても発現量がものすごく低いか、ものすごく一部の細胞でしか発現していないか、どちらかである可能性が高いということになります。発現量が低いからといって機能していないことにはなりませんし、いやむしろ世を動かすリーダーは数少ないのが世の常ではありますが、このような低発現量遺伝子の解析に良く踏み切ったなあと言うのが、正直な感想です。もちろん事前の機能解析実験で、これはいけるという感触をつかんだからバズーカ砲を持ち出したのでしょうが。

この論文。一応新規遺伝子の同定の論文でもあるのですが、ノザンブロットのデーターはありません。一昔前までは新規遺伝子の同定の際の必須データー三点セットの一つだっただけに、隔世の感があります。

中川

追記:
発現量が低いからと言って機能していない訳ではない良い例として、発生生物学ではスーパースターである遺伝子、Wnt1などがあります。Unigeneのデーターベースで登録されているESTはわずか13個。linc RNA-p21の7個とそう変わりません。ESTのデーターはガン組織や培養細胞、生体の組織が圧倒的に多く、比較的マイナーな研究フィールドである胎生期のサンプル由来のデーターが少ないのだと思います。よしんば胎生期のサンプルを使っていたとしても、胚全体をサンプルとすることが多いわけです。パターン形成に関わる、ごく一部のオーガナイザーの細胞で発現している遺伝子は、UnigeneにおいてESTを構成する数、という視点で見ると、どんなに重要な遺伝子でも見劣りします。そういう意味では、細胞死に関わるというlinc RNA-p21の発現量が「一見」少ない、というのは、胎生期並びに生体組織で細胞死をおこす細胞はごく一部ですから、理にかなっていると言えます。

August 5, 2010

Journal Club

RNA 2010 May 28;16:893–903

Dicer’s helicase domain is required for accumulation of some, but not all, C. elegans endogenous siRNAs
NOAH C. WELKER, DEREK M. PAVELEC, DAVID A. NIX, THOMAS F. DUCHAINE, SCOTT KENNEDY, and BRENDA L. BASS

RNase III型酵素Dicerは長い二本鎖RNAやstem-loop型RNAから短い二本鎖RNAを切り出す酵素であり、endogenous-siRNA、exogenous-siRNA、miRNAの生合成に重要な役割を果たすが、piRNAの生合成経路には関わらないことが知られている。複数のドメインを持つタンパク質であるが、特にhelicaseドメインの機能は不明なままである。本論文では、線虫C.elegansにおける唯一のDicerであるDicer-1(DCR-1)のhelicaseドメインについて機能解析を行い、一部のendo-siRNAの生合成に重要な役割を果たすことを報告した。

筆者らは DCR-1のhelicase ドメイン変異体3種 (K39A, D145N, G492R)を作製した。これら及び野生型のDCR-1をそれぞれdcr-1(-/-)C.elegans に導入し、そのフェノタイプを比較することでhelicaseドメインの機能を調べている。

1. dcr-1(-/-) C.elegansを微分干渉顕微鏡により観察すると、生殖細胞の異常が認められる。この異常は野生型、helicaseドメイン変異型DCR-1どちらの導入によっても回復した。但し変異型DCR-1を導入した場合、通常(16℃-20℃)よりも高温(25℃)での培養により生殖能が失われた。
2. ノーザンブロットによる解析では、helicaseドメイン変異型DCR-1の導入により、miRNA, enxo-siRNA, piRNAの発現に差は見られなかったが、endo-siRNAの発現量は劇的に減少した。これらのendo-siRNAがターゲットとする遺伝子のmRNAレベルは上昇していた。
3. 線虫や植物におけるendo-siRNA生合成では、primary siRNAの産生に続き、RdRPによるsecondary siRNAの増幅が行われる。Illumina sequencingによる解析により、endo-siRNAの中でも特に26G RNAと呼ばれるクラスのprimary siRNAの減少が顕著に認められた。

以上により、筆者らはDCR-1のhelicaseドメインは26G siRNAの生合成に重要であることを見いだした。しかしながらhelicaseドメインの具体的な働きについては依然として謎のままであり、今後の解析が待たれる。

August 3, 2010

Journal Club

Nat Struct Mol Biol. 2010 Jun 18. [In press]
Unique functionality of 22-nt miRNAs in triggering RDR6-dependent siRNA biogenesis from target transcripts in Arabidopsis.
Cuperus JT, Carbonell A, Fahlgren N, Garcia-Ruiz H, Burke RT, Takeda A, Sullivan CM, Gilbert SD, Montgomery TA, Carrington JC.

Proc Natl Acad Sci U S A. 2010 Jul 19. [In press]
22-nucleotide RNAs trigger secondary siRNA biogenesis in plants.
Chen HM, Chen LT, Patel K, Li YH, Baulcombe DC, Wu SH.

植物では、small RNA(miRNA等)にターゲットされた転写産物から、RNA dependent RNA polymerase 6 (RDR6) 及びDicer like protein 4 (DCL4)依存的にsecondary siRNAが作りだされることが知られています。
しかしsmall RNAにターゲットされた全ての転写産物からsecondary siRNAが生成されるのではなく、限られたsmall RNA-ターゲットRNAの間でのみsecondary siRNAは生成されます。
これまでsecondary siRNAが生成される「ルール」は謎でしたが、Cuperusら及びChenらは、次世代シークエンス技術と分子生物学的証明により、典型的な21塩基のmiRNAやtrans acting siRNA (tasiRNA)でなく、22塩基の比較的珍しいmiRNA及び tasiRNAでのみsecondary siRNA生成が促されることを明らかにしました。

この論文の面白い点は「取り込まれたsmall RNAの長さによってRISCの機能が変わる」ことを示唆している点です。
21塩基、22塩基のmiRNAはアラビドプシスAGO1に取り込まれ、どちらもターゲットRNAの切断を促すにも関わらず、22塩基のmiRNAのみターゲットRNAからのsecondary siRNA生成を促すことができます。これまでsmall RNAは長さに関係なく、相補的な塩基を持った特異的なターゲットRNA上にRISCを導くことが主な役割であると考えられてきましたが、この二本の論文より、ちょっと長い(22塩基の)small RNAはsecondary siRNAを生成する機能をRISCに付与する可能性が示唆されました。

今後の課題は、22塩基のsmall RNAを取り込んだRISCはどのようにしてRDR6及びDCL4を介したsecondary siRNA生成を可能にするのか、その機構を解明することです。22塩基のsmall RNAはAGO1の構造を変えるのか? その構造変化がRDR6またはその関連因子を引き寄せるのか?謎はたくさんありますが、おもしろい分子機構であることは間違いなさそうです。

RNA学会年会

 待ちに待っていたRNA学会年会も、あっという間に終わってしまいました。大会長の鈴木勉さんのカラーが存分に発揮された大会、とても新鮮だったような気がします。特に、産総研の夏目さん、東大の菅さんといったテクノロジー指向の特別講演2題は、普段全く使わない脳の領域が活性化されたとでもいうのでしょうか、やったことはないのですが多分肩こりの時に針を打ってもらうとこんな気分になるんだろうなあ、と思ったぐらいです。家庭内手工業の域を出ない自分の研究スタイルに不安を覚えたことはないし、むしろ矜持の方が強かったのですが、なんだか竹槍でB29に突撃しようとしている様な気もしてきました。テクノロジーとは上手に付き合いたい。その思いを一層強くした次第です。

 その他驚くような話も満載で、この新学術領域の班員の研究室からも多数演題が出ていました。そのうちホームページでも公開されるものと思います。学会発表ぐらいで成果だと思うな!とかいう話もありますが、ことRNA学会の場合は論文が出る前のワクワク状態の話が満載なのが魅力でもあり、「今後大いに発展が見込まれる」、ということにしておきましょう。あまりよい表現ではないかもしれませんが。

今後の発展性という点においては、懇親会などであらためて周りを見渡したときの平均年齢の低さは嬉しいですね。僕なぞ、明らかに平均より上に属する世代でしょう。健全な社会の証拠です。これから若い世代にガンガン突き上げられるのでしょうが、幸か不幸か、今回もまだそれほどその突き上げを感じることはありませんでした。RNA学会に参加したのはまだ5回目なのですが、N村さんとY久さんで質問の時間の8割が占められているという構図はこの5年で全然変わっていません。以前当ブログで啖呵を切ってくれた某K君の参加がなかったのが残念ですが、この40代の2強の一角を崩すスラッガーは平成生まれに期待しなければいけないのでしょうか。頑張れ!昭和生まれ!

ともあれ素晴らしい学会を主催して頂いた鈴木研のスタッフの方々、本当にお疲れ様でした。あれだけの会が全くの手作りというのは、信じられないことです。ありがとうございました。

中川