June 30, 2012

Malat1のパラドックス(3)ーちょうどそのころ地震がありました



Malat1のKOマウスが表現型がない!という事実が明らかになる一方で、この遺伝子の機能を細胞レベルで検証するノックダウンの実験の結果が次々と報告され始めていました。最初は比較的目立たない形でChouさんのところからMol Hum Reprodに。次に秋光さんのFEBS lettの論文や、PrasanthのところからのMol Cellの論文や、どれも表現型としては非常に明確です。癌細胞の移動がおかしくなるとか。細胞分裂異常を起こすとか。具体的な分子メカニズムに関しては選択的スプライシングの制御である(Prasanth説)、いや、そうではなくてターゲット遺伝子の転写制御である(秋光説)、と違いはあるものの、どれもMalat1が培養細胞においては重要な生理機能を持っていることに関しては一貫しています。ちょっと微妙なBessisさんのところのEMBOの論文にしても、やはり培養細胞を用いたノックダウン実験ではきちんと表現型が出てきます。そう。2010年はMalat1の機能解析論文が一気に噴出した年だったのです。

しかるに、、、

どうして個体レベルでは表現型が現れないのでしょう。

これは大きなパラドックスです。ノックアウトマウスを作っても表現型がでないことに慣れてしまうとredundancyなんじゃない?と片付けてしまいたくもなるのですが、Malat1に塩基配列で明確に分かるファミリー分子はありませんし、とあるDeep sequencing解析によればmRNAの全リードのうち2%をも占めるMalat1ほどアホほど発現している遺伝子など、ほかに見当たりません。日本の科学技術関連予算ですら国家予算の2%なんてとてもいきません。Malat1が本当に無くてよいのならば、細胞がmRNA製造に注ぎ込んでいるエネルギーの2%の削減が出来るということです。これほどすばらしい無駄の削減もないでしょう。どこかの政治家さんに教えてあげようかしらん。

ひたすらけなげにMalat1(緑)を作り続ける神経細胞、、、

なんかおかしい、ということがある場合には我々が気づいていない重要なメッセージが込められているはずです。その謎をなんとか明らかにするまでは論文なんて書けないなあ、というか、全く表現型がないネズミを前にしてもなかなか気分が盛り上がらないし、論文書きという北鎌尾根に登る(登ったこと無いですが)モティベーションは高まらないものです。Neat1とパラスペックルの論文のときはカナダのRIboclubミーティングでパラスペックルのど真ん中の専門家のArchaさんとGordonさんに、「パラスペックルが細胞タイプ特異的なんて素敵な発見じゃない。ぜひ論文にしてみたら」、と背中を押してもらったのでモティベーションがきゅーんと上がった訳ですが、今回はなかなか「書こう」という気になりません。ずるずるずるずる、何か分かるまで、何か分かるまで、と、最初のホモ個体が生まれてから2年近く、頭を使わないでも良い実験以外は何もせず、事実上放っておくことになってしまったのですが、その頃例の地震がありまして。Prasanthからも大変心を痛めているけれども大丈夫か?と久しぶりに連絡があり、そういやパラスペックルが無くてもマウスが大丈夫というNeat1 KOの論文も出たね、我々のマウスも形にできるかね、というような話になり、なんやえらい話題の切り替えが早いなと思いつつも、やはりきちんと論文という形でまとめなければならないかなあ、と思い始めたのがちょうど5月ぐらいだったでしょうか。いろいろ心理的なダメージも大きく気分のまとまりもつかず落ち着かない日々を過ごしていたのですが、とりあえず切片を切って染め物をしてまとめデータを集めるのがちょうど良い心のリハビリになっていたような気がします。はっきり言って4月いっぱいは全く仕事が手につかなかったのですが、ちょうどそのところ行われたTokyo RNA Clubあたりから、ひたすら切片を作って染め物をするという日々に小さな幸せを感じる日常が戻ってきました。

中川

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