さて、Malat1が無くなった細胞ですが、一体どうなってしまうのでしょう。培養細胞においては、72時間後には細胞分裂に異常が起きて、多核化した細胞がぼこぼこ出てきます。スプライシングのコアなマシナリーであるSF3aやU2、SF1などがことごとくめちゃめちゃな分布になるので当然と言えば当然なのですが、原因はともかくとして、細胞がものすごく調子悪くなっているのは間違いなさそうです。興味深いことに、Malat1のノックダウンで局在が大きく動くこれらの各種スプライシングのコア因子群は、通常、必ずしも核スペックルに局在するわけではありません。事故現場と離れたところで大騒ぎ、みたいなものです。Malat1が局在していた「事故現場」は核スペックルなわけですが、その構造自体はそれなりに保たれていることがpoly-A(+) RNAの局在やUAP56,SONの局在から分かっています。別の核内ノンコーディングRNAであるMENがパラスペックルの構造体そのものの維持に必要なのと、少し様相が異なります。
このへんの一見矛盾する現象を理解する鍵は、SRタンパク質のダイナミックな振る舞いにあると考えられます。核スペックルにSRタンパク質は貯蔵されていますが、実際に働くときはそこから離れて転写部位まで出張してゆくと考えられています。羽田空港のA社のコンピュータートラブルで、地方開催の会議が大混乱、みたいなものでしょうか。この場合も羽田空港の建物自体がぶっ壊れるわけではありません。また、J社やS社の飛行機は平気で飛んでいるわけですね。Malat1のノックダウンの場合も、核スペックルの中の特定のSRタンパク質のみが大きな影響を受け、その特定のSRタンパク質に大きく依存したスプライシング反応がおかしくなっている、と考えることが出来るでしょう。核スペックルと転写サイト間のSRタンパク質のサイクルを回すためにはこれらのタンパク質のリン酸化が重要な役割を果たしていることが知られていますが、Malat1のノックダウンによって、局在がおかしくなるSRタンパク質の脱リン酸化のフォームが異常に増加することも示されています。
これらMol Cellの論文の方の結果は全て細胞株を用いた実験ですが、EMBOの論文の方では、海馬の培養細胞を用いた表現型の解析を行っています。それによれば、Malat1のノックダウンでシナプスの数が減るそうです。シナプス形成には通常1週間から10日かかりますから、そんな長いことMalat1が無ければ当然変なことが起きるだろう、と思うのが普通の感覚だと思いますが、普通の感覚というのは、多くの場合サイエンスの進歩にとって足を引っ張ることになりがちです。根性のエラーバーでMalat1が実際に生理的な現象に関わっていることを示した意義はとても大きいでしょう。ただ、細胞株の影響に比べると余りにも表現型がマイルドなのに驚かされるのは事実ですね。一点だけ個人的に気にくわないのはMalat1の海馬における発現の変化で、僕自身はembryonicな時期に特に強く、生後はだんだん弱くなっていく(それども強い発現には変わりははないのですが)という印象を持っているのですが、EMBOの論文では逆にP0からP28にかけて増加してゆくというデーターを出しています。
いずれにせよ、これらの論文の出現でこれからますますMalat1が注目を浴びることになるのは間違いないでしょう。今後の展開が非常に楽しみです。
ついに完結しましたね。わたしが感謝してもしょうがないですけれど、わかりやすい解説をありがとうございます。
ReplyDeleteところで、この一連の研究でもっとも大事なのは、「根性のエラーバーでMalat1が実際に生理的な現象に関わっていることを示した意義はとても大きい」点にある気がするのはわたしだけでしょうか。やっぱり気合いですかねぇ。
影山裕二