November 17, 2010

雄と雌を比べる!

東京医科歯科大学・難治疾患研究所の小林です。理研の中川さんから、ブログのお誘いを受け始めて書き込みをしようと思います。一般の方にも読んでもらえるよう、簡単な研究内容を自己紹介がてら書き記したいと思います。

私は以前から「哺乳類の雌雄の発生はいつから異なり始めるのか?」という、単純な疑問を持っていました。この疑問がきっかけとなり、現在の研究を始めるに至りました。生物学の教科書を読むと、個体の性分化は生殖巣の分化から始まると記されています。この説明が正しければ,生殖巣の分化以前に雌雄の発生に違いは無いはずです。一方、遺伝学上の性は受精時に決まり、性染色体の構成は雌はXXで雄はXYで、明らかに異なります。雌は雄の2倍のX染色体を持つ訳ですが、2本の内1本は不活性化され、実際に働くのは1本のX染色体です。この現象は「X染色体の不活化」と呼ばれており、この様な機構により雄と雌の間で異なる性染色体の構成が補正される訳です。この機構は発生に重要で、機構が働かなくなると2本のX染色体が活性化され、雌は流産してしまいます。この様に重要な機構ですが、Xistと呼ばれる非コードRNAが働く以外、その機構の詳細は殆ど分かっていないのが現状です。X染色体の不活化は受精後まもなくして徐々に始まり、着床直後に完成します。この様に、着床前という時期は雌雄のゲノムの違いが補正され始める重要な時期と考えられます。

そこで、この雌のみの存在するX染色体の不活化機構に興味を持ち、着床前の雌雄の胚盤胞で,遺伝子発現を比べてみることにしました。その結果、着床時期に、雄胚と雌胚の間で遺伝子発現が既に異なっていることを発見しました。更にこれら発現の異なる遺伝子のうち、雌でのみ発現するRhox5遺伝子やFthl17遺伝子といった遺伝子が、父親由来のX染色体からのみ発現するインプリント遺伝子であることを明らかにしました。父親由来のX染色体は雌しか持たない為、これらの遺伝子は,雌のみで発現する訳です。ちょうど、X染色体不活性化に働くことで有名なXistも同様にこの時期インプリントを受け雌でのみ発現することが報告されています。では、我々が新しく発見したインプリント遺伝子は,雌雄の発生にどの様な役割を果たしているのでしょうか?現在、我々はこれら新しいインプリント遺伝子もXist同様X染色体の不活化機構に働く可能性を第一に考え検討しています。更に、上記の蛋白をコードする遺伝子の他に、蛋白をコードしないRNAについても、実は発生の初期から雌でのみ発現するものが複数見つかってきました。今回、非コードRNAの領域研究での私たちの目的は、雌でのみ発現する非コードRNAの機能を明らかすることにあります。我々はこれらのRNAの機能をX染色体の不活化機構に注目しながら解析し、Xistと合わせることにより非コードRNAが哺乳類の発生にどのように働くかを包括的に理解できると期待しています。この様な研究は、雌雄の発生を理解するだけではなく、将来的にはエピジェネティックな発現制御機構の解明により、今注目されているヒトiPS細胞などのエピジェネティックな制御が重要な再生医療にも応用出来ると期待しています。

この様な研究を始め、早いもので6年経ちます。研究の当初、周りの人からは、「そんな早い時期に雌雄差があるかな?チャレンジングなテーマだね。」とコメントをもらいましたが、当時私の頭の中では、雌雄差のある因子についてある程度具体的なイメージがあり、絶対に何か見つかるはずだ!と考えていました。前向きに研究に邁進した結果、幸運なことにいくつも面白いものを見つけることができました。また、周りの研究サポートの体制が充実しており、研究を進める上で恵まれていました。周りの方々のサポートなしでは得られなかった結果です。

我々の研究で、次に重要になることはこれら遺伝子や非コードRNAが何をしているか?という点です。手法としては、これら非コードRNAを潰したノックアウト(KO)マウスを作り、個体発生にどのような影響が出るのかを見るという、reverse geneticsを考えています。ただ、reverse geneticsはforward geneticsと違い、‘面白そうな’遺伝子の機能を明らかにできるか?また、表現型が狙い通りのものか?という大きな関門があります。開けっぴろげに言えば、有名な先生方の話でも、KOマウスを作って期待通りの表現型が出るものはせいぜい3割位という結果です。この様に研究には失敗がつきものですが、出来るだけ失敗の率を下げ、早く幸運をつかめるよう良く考えながら研究の戦略を練りたいと思います。現在の研究は、雌雄の発生を理解する上で非常に重要な現象に注目し、重要な因子が見つかってきていると考えています。また、着床前の雌雄の差に着目し研究を進めているグループは他におらず、競争相手はいないオンリーワンの状態です。オンリーワンの状態はともすると独りよがりの研究になりがちですが、研究における「感動」や「面白み」を大切にしながら、将来的には研究が発展し、教科書に載る様な仕事、更に社会に還元出来る仕事にしたいと考えています。

研究環境については、またの機会に書き込みたいと思います。

小林 慎

東京医科歯科大学
難治疾患研究所
MTTプログラム

2 comments:

  1. 着床前に雌雄差があるという発想はすごいですね。
    ハイリスクな研究は往々にしてローリターンだったりするわけですが、
    やっていてワクワクする研究であるのは間違いの無いところだと思います。
    続報もお願いします!

    中川

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  2. コメント有り難うございます。不活性化はかなり複雑な現象で、このテーマ単独でははく、様々な方向からアプローチすることが重要と考えています。またもっと先の将来を考えると、不活化に限らず、より広い視野を持ってテーマ選びをする必要もあると思ってます。いま、新しい種を撒こうとしていますが、なかなか忙しくて手が出せていない状況です。でも、「忙しい」は言い訳ですね。やらねばなりません!続報も早く書けるよう頑張ります。

    小林 慎

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