November 3, 2010

「まさかシャペロンが・・・!?」 その3

Hsc70/Hsp90シャペロンマシナリーがRISC loadingを媒介する
 ここからは展開が早かった.Hsp90には特異的阻害剤としてゲルダナマイシンやその誘導体である17-AAGがよく知られている.また,もともとp53の活性を阻害することが知られており,構造が簡単で入手しやすいPifithrin-μ(phenylethynesulfonamide: PES) が,実はHsp70の阻害剤として働くことが最近示されていたJ,16.そこで,これらの阻害剤を購入し,ショウジョウバエAgo1およびAgo2経路,およびヒトAgo2 経路におけるRISC形成過程に対する影響を解析した.その結果,これらすべての経路において,Hsp90阻害剤とHsp70 阻害剤はともに,small RNA 二本鎖がAgoに取り込まれるRISC loadingの段階を特異的に阻害するのに対し,その後Ago内で二本鎖が巻き戻されるunwindingの段階や,さらにその後の標的切断反応,そしてその切断産物の放出には全く影響を与えないことが明らかとなった.また,Hsc70-4のドミナントネガティブ変異体を実験系に加えると,RISC 形成が顕著に阻害されることも分かった.これらの実験結果は,ATPを消費するRISC loadingの際に,Hsc70/Hsp90シャペロンマシナリーによるAgo構造変化が必要であることを示唆するものであり,我々が提案した「輪ゴムモデル」を強く支持するものである.ちょうど同じ時期に,農業生物資源研究所の石川先生のグループ,慶応大学の塩見先生のグループも,それぞれ植物のAGO1 経路,ショウジョウバエのAgo2経路において,Hsp90に着目した同様の実験結果を得ていることが分かり,結果的にこの3グループから論文が発表されることになった4,17,18.RISC 形成にシャペロンが必須な働きを果たすという新たなモデルを,日本から世界に向かって発信できたことは,誇るべきことだと思う.

16. Leu,J. I. et al.: Mol Cell,36: 15-27,2009
17. Miyoshi,T. et al.: Nat Struct Mol Biol,17: 1024-1026,2010
18. Iki,T. et al.: Mol Cell,39: 282-291,2010
J. 元の論文では,ほ乳類においてはPESはHsp70特異的に阻害し,Hsc70には作用しないことが示唆されていたが,我々はショウジョウバエHsc70-4とAgo1およびAgo2の結合はPESによって阻害されることを実験的に確認した.

さいごに: RISC 形成の“PURE System”に向けて
 以上の様に,本研究から,RISC 形成には,シャペロンを介したAgoタンパク質のダイナミックな構造変化が伴うことが明らかになった.しかし,その具体的な分子メカニズムはまだまだ不明瞭である.実際,我々が免疫沈降で同定したHsc70-4,Hsp83,Hop,Droj2だけではRISC 形成は全く起こらない.よって,良く解析されたステロイドホルモンレセプターの成熟過程同様19,Agoタンパク質にもHsc70/Hsp90と多くのコシャペロンが順序よく作用することが必要なのだろうK.ふたを開けてみれば,最初の精製においてピークが複数に分かれてしまったことも,精製が進むと活性が失われたことも,Hsc70/Hsp90システムが様々なコシャペロンを含む「マシナリー」として働き,様々なクライアントタンパク質に結合していることを考えれば納得がいく.しかし,今後分子レベルの詳細な作用機序を明らかにするためには,RISC 形成過程を完全に再構成することが必要であろう.そして,結局そのためには初心に戻り,既知因子をリコンビナントとして調製し,さらに必要となる因子を精製・同定することを避けては通れないと思われる.「単離と再構成」という愚直な生化学20は,次世代シーケンサが1時間に1,000億塩基読もうとする現代もなお黄金律でありつづけている.RISC 形成の“PURE System”21を構築することは,我々の目標であり,あこがれである.

19. Taipale,M. et al.: Nat Rev Mol Cell Biol,11: 515-528,2010
20. 水島昭二: 蛋白質核酸酵素,38: 2089-2091,1993
21. Shimizu,Y. et al.: Nat Biotechnol,19: 751-755,2001
K. small RNA二本鎖をAgoタンパク質のリガンドだと捉えれば,Hsc70/Hsp90シャペロンマシナリーがきちんと作用して成熟化することにより,はじめてリガンドであるステロイドに結合できるようになるステロイドホルモンレセプターの場合と極めてよく似ている.

No comments:

Post a Comment