ATPはなぜ必要なのか?
miRNAのRISC 形成過程を解析している中で,我々は,RISC loadingにはATPの加水分解が必要なのに対し,unwindingにはATPが必要ないという意外な事実を見いだした11,12.RISC loading”という,Agoとsmall RNA 二本鎖との一見単純な「結合」になぜかエネルギーが消費され,“unwinding”では20個程度の塩基対が壊されるのにも関わらずエネルギーが必要ないということは,通常の生化学的感覚からすれば非常に不思議なことである.
我々はこの実験事実を合理的に説明するために, 「輪ゴムモデル」を提唱した13.このモデルでは,Agoにsmall RNA 二本鎖が取り込まれるためには,Agoのダイナミックな構造変化が必要であり,この変化にこそATPが消費されるということを想定している.これはちょうど,小さめの輪ゴムに長い二本の棒を入れ込もうとすると,まず(エネルギーを使って)手で輪ゴムを引っ張る必要があるのに似ている.続いて,smallRNA 二本鎖がひとたびAgoに入ると,さらに構造変化が起こりAgoはより閉じた安定構造に戻ろうとする.この時,Ago内部の空間が小さくなることにより,small RNAは二本鎖のままではとどまれなくなり,片方が押し出されると想定すればE,unwindingにATPが必要ないことがうまく説明できる.これは,輪ゴムを引っ張っていた手を離した時を考えると分かりやすい.バクテリアや古細菌のAgoのホモログFの結晶構造解析14,15から,Agoタンパク質に対して,21 塩基程度のsmall RNA二本鎖がA型ヘリックスとったものは大きすぎることが示唆されていることは,このモデルを支持するものである.
13. Kawamata,T. & Tomari,Y.: Trends Biochem Sci,35: 368-376 2010
14. Song,J. J. et al.: Science,305: 1434-1437,2004
15. Wang,Y. et al.: Nature,461: 754-761,2009
E. これまでの知見から,ガイド鎖の5´リン酸基は,Agoに固くアンカーされることが明らかになっていることから,unwindingの際には(アンカーされていない)パッセンジャー鎖が選択的に排除されると考えられる.
F. バクテリアや古細菌にはmiRNAやsiRNAは存在しないため,これらのAgoホモログの生理的機能は不明である.
RISC loading因子の探索(と挫折)
ここで問題になるのは,最初にAgoの構造を広げるために働く“RISC loading 因子”,つまり「輪ゴムを引っ張っている手」の本質が何かということである.幸いなことに,我々はショウジョウバエ胚およびS2細胞,ヒトのHeLa細胞やHEK293細胞等の粗抽出液を用いて,効率良くin vitroでRISC形成を行える実験系を持っていた.さらに,ショウジョウバエAgo2 経路においては,これまでにRISC 形成に必要だということが生化学的に確認されているAgo2,Dicer-2およびR2D2をリコンビナントで作成し,そこにdcr-2;ago2 二重変異体のショウジョウバエ胚粗抽出液Gを加え戻すことで,RISC 形成が再構成できることを見いだした.これは,粗抽出液中に未知のRISC loading 因子が存在することを明確に示すものであった.
実験系は立った.あとは因子を同定するのみである.そこで,我々はショウジョウバエAgo1およびAgo2をモデルとして,既知因子Hをリコンビナントとして調製したところに,粗抽出液をカラム分画したものを加え戻してRISC 活性を確認することで,RISC loading 因子を精製することを試みた.しかし,当初の楽観的な予想に反して,精製作業は困難を極めた.カラム精製を進めると,ピークが複数に分かれてしまい,またどれだけ大量の粗抽出液から始めてみても,3つ以上のカラムをかけるとほぼ活性がなくなってしまうのである.小林さんと岩崎君という二人の学生がそれぞれAgo1とAgo2を担当し,8ヶ月間に渡って何度も低温室で精製を繰り返し,標的切断活性とタンパク質溶出のピークが合うそれらしいバンドを切り出しては,いわゆる「ドーバー海峡」Iを渡り,工学部の鈴木勉さんと坂口さんのところにサンプルを持ち込み,幾度となくMS解析をお願いしたが,結局因子の単離同定には至らなかった.しかし,その過程の中で,Hsp70の恒常的発現ホモログであるショウジョウバエHsc70-4が,しばしば活性のピークと一致することに気がついた.また,試しにAgo1とAgo2を免疫沈降し,結合するタンパク質を調べてみると,Hsc70-4のほか,Hsp90のショウジョウバエホモログであるHsp83,Hsc70とHsp90をつなぐとされるHop,Jドメインタンパク質(Hsp40ホモログ)の一つであるDroj2など,Hsc70/Hsp90シャペロンマシナリーの構成要素が釣れてきた.通常であれば,タンパク質精製あるいは免疫沈降実験においてシャペロンが出てきても,非特異的なものとして即座に捨てる場合が多いだろう.我々も,最初に実験結果を見た時は「まさかシャペロンが・・・!?」という思いだった.しかし,「輪ゴムモデル」を考えた時,シャペロンの働きは「ATPを消費してAgoの構造を変化させる」というRISC loadingの反応にピタリと一致するものだったのである.
G. R2D2はDicer-2 非存在下では非常に不安定なため,dcr-2;ago2 粗抽出液は,既知因子であるAgo2, Dicer-2, R2D2の3つすべてを欠損している.
H. Dicer-2とR2D2というRISC loadingに必須な因子が同定されているショウジョウバエAgo2 経路に対し,ショウジョウバエAgo1 経路およびヒトAgo1〜4の経路においてRISC形成に必要なことが明確に示されている因子はAgoタンパク質自身だけである.
I. 東大の本郷キャンパスと弥生キャンパスを隔てる言問通りのことをこう呼ぶらしい.
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