August 9, 2010

lincRNAとp53

A Large Intergenic Noncoding RNA Induced by p53 Mediates Global Gene Repression in the p53 Response.
Huarte M, Guttman M, Feldser D, Garber M, Koziol MJ, Kenzelmann-Broz D, Khalil AM, Zuk O, Amit I, Rabani M, Attardi LD, Regev A, Lander ES, Jacks T, Rinn JL.
Cell. 2010 Jul 29. [Epub ahead of print]

またまた心臓に悪い論文です。自分のやっている仕事と非常に近い内容の論文がよその研究室から出たときに素直に喜べるかどうかで人間の器の大きさがわかるというもので、ナンダコンチキショーとか悪態をついているようではいかんのですが、まあタクラマカン砂漠で同志に出会ったということで、素直にこの分野の隆盛を喜びましょう。かつてスタンフォード大学のHoward Changさんの研究室でHOTAIRを見つけた、現在Broad instituteのJohn Rinnさんのところからの仕事です。

p53は有名なガン抑制遺伝子ですが、彼らはアレイを用いてその下流で発現量が大きく変動するノンコーディングRNAを探索し、p21に隣接する領域から発現するノンコーディングRNAを見つけて、linc RNA-p21と名付けました。この遺伝子が実際にp53によって引き起こされる遺伝子発現の変化に関わっているかどうかをノックダウン&アレイ解析で調べ、さらにp53が引き起こす細胞死の誘導という生理現象を下流で制御しているかどうかもノックダウン&過剰発現で調べています。次から次へと出てくるアレイ解析のデーターは、さながらハエ一匹退治するのにバズーカ砲をぶっ放している感もありますが、非常に綺麗に彼らの主張をサポートする結果になっています。

では実際にどのようにしてターゲットの遺伝子の発現を制御しているのか。彼らはシンプルなpull-downの実験でlinc RNA-p21の結合パートナーとしてhnRNP Kを同定し、この結合と実際の機能との関連を検証するためにhnRNP Kのノックダウンとp53やlinc RNA-p21のノックダウンが似たような効果があることをまたまたマイクロアレイ解析で示しています。結果は勿論ポジティブ。さらにはhnRNP Kがp53なりlinc RNA-p21で制御される遺伝子の上流に結合しているかどうかを、Chipアレイで調べています。アレイ解析の嵐。ここまでインフレが進むとバズーガ砲も竹槍ぐらいに思えてくるのが不思議ですが、いずれにせよ、hnRNP Kとlinc RNA-p21の複合体がターゲットの遺伝子の上流にまだ未知の機構によってリクルートされ(おそらくはlinc RNA-p21の塩基対形成の助けを借りて?)、これまた未知の機構によってhnRNP Kを介したクロマチン修飾が行われる、という仮説を提唱しています。

ただ、どうも一つ引っかかるのは、たびたびここでも言及していますが、発現量に関する話です。アレイのデーターのヒートマップは近頃は目にしないことがないぐらいおなじみの図ではありますが、コントロールと比べてウン十倍の発現量、という記載はあっても、ではもともとその遺伝子はどれぐらいの発現量があったのか、それがどれぐらいまで増えた・減ったのか、という記載はまれです。たとえばlinc RNA-p21をマウスのゲノム上で見てみますと、、、


これはNCBIのMapViewerで、ゲノムにぺたぺたいろんなESTを貼り付けてある図ですが、上の方にずらっと並んでいるのがSfrs3というSRタンパク質の、下にずらっと並んでいるのがp21のESTです。真ん中あたりにちょろちょろ見えているのがlinc RNA-p21ですが、だいぶ発現量は低そうです。また、これらのESTはごく限られた組織、内耳と肺由来のものしかありません。

また、ヒトのホモログがあるのかないのか、は良く議論されるところですが、ヒトのシンテニー領域を見てみると、、、


ほとんどESTは貼り付いていません。Unigeneもこの領域には登録されていません。

つまり、この遺伝子はヒトには相同遺伝子が存在せず、マウスにおいても発現量がものすごく低いか、ものすごく一部の細胞でしか発現していないか、どちらかである可能性が高いということになります。発現量が低いからといって機能していないことにはなりませんし、いやむしろ世を動かすリーダーは数少ないのが世の常ではありますが、このような低発現量遺伝子の解析に良く踏み切ったなあと言うのが、正直な感想です。もちろん事前の機能解析実験で、これはいけるという感触をつかんだからバズーカ砲を持ち出したのでしょうが。

この論文。一応新規遺伝子の同定の論文でもあるのですが、ノザンブロットのデーターはありません。一昔前までは新規遺伝子の同定の際の必須データー三点セットの一つだっただけに、隔世の感があります。

中川

追記:
発現量が低いからと言って機能していない訳ではない良い例として、発生生物学ではスーパースターである遺伝子、Wnt1などがあります。Unigeneのデーターベースで登録されているESTはわずか13個。linc RNA-p21の7個とそう変わりません。ESTのデーターはガン組織や培養細胞、生体の組織が圧倒的に多く、比較的マイナーな研究フィールドである胎生期のサンプル由来のデーターが少ないのだと思います。よしんば胎生期のサンプルを使っていたとしても、胚全体をサンプルとすることが多いわけです。パターン形成に関わる、ごく一部のオーガナイザーの細胞で発現している遺伝子は、UnigeneにおいてESTを構成する数、という視点で見ると、どんなに重要な遺伝子でも見劣りします。そういう意味では、細胞死に関わるというlinc RNA-p21の発現量が「一見」少ない、というのは、胎生期並びに生体組織で細胞死をおこす細胞はごく一部ですから、理にかなっていると言えます。

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