April 23, 2011

パラスペックルの話(4)

だいぶ話がそれてしまいましたが、パラスペックルの機能解析の続きです。

in situ hybridizationによって目的遺伝子の細胞内局在を調べようとした矢先にそのパターンを報告した論文が出たーーーなどということがあると僕などショックのあまり2、3日寝込んでしまいますが、廣瀬研の人々は意に介さず、という感じで、すごい精神力だなあと思っていたのですが、それはやはり「機能解析」の難しさをご存知だったからなのでしょう。

核内ノンコーディングRNAは、一般的によく使われるsiRNAによるノックダウンが非常に効きにくく(RNAiのエフェクター複合体はほとんど細胞質にあるため)、一工夫が必要となります。ここで登場するのがRNAseHという、DNA:RNAハイブリッドのRNAを特異的に分解する酵素です。DNA複製の際に、いわゆる岡崎フラグメントを合成するためにプライマーゼ一によってRNAが作られる訳ですが、それらを除去するために核内には内在のRNAseHが非常に豊富に存在しています。そこで、ターゲットのRNAに対してアンチセンス配列を持つDNAオリゴを導入してやれば、内在RNAseH活性によって目的のRNAが速やかに分解されるわけです。このトリックを聞いたときには思わずひっくり返るぐらいびっくりして、世の中には賢いことを考えるヒトがいるのだなあとしきりに感心したのですが、スマートなRNA業界の方にとっては比較的なじみのある手法だそうです。

しかしここでまた一つ問題があって、例えばカエルのOocyteのように核に直接インジェクションできるような場合は非常に効率よくDNAオリゴを目的の場所である核内に届けることができる訳ですが、通常のリポフェクションなどの方法で導入した場合、そのほとんどが細胞質にたまってしまって、なかなか核内まで届きません。

廣瀬研で当時開発されつつあった必殺技は、オリゴDNAをいわゆるヌクレオフェクションという、エレクトロポレーションの改善版の方法で導入すると、はいるはいる、核にいきまくる、というものでした。もちろん、普通のリポフェクションでもある程度は核に入りますし、siRNAでも、多少は核内のノンコーディングRNAをノックダウンすることはできます。しかし、明らかに効率が悪い。特に多数の候補遺伝子があって、それぞれの機能を調べたい、という際には、ある程度効率の良い手法が必要となってきます。また、効率が良ければ当然遺伝子導入の条件自体をマイルドにすることができますから、より生理的な条件に近い状態で実験を組むことができる訳です。

敵を知り、己を知れば百戦危うからず。発現パターンだけの論文が「出た」、ということは、裏返せば彼らは機能解析に手こずっているということに他ならないので、恐るるに足らず。廣瀬研の方々が平然としていられたのは、その辺の間合いを見切っていたからなのでしょう。

実際、Andrew Chessの所からの件の論文が出た後も、機能解析の報告はちっとも出てきません。廣瀬研の話はそのあと若手の会やRNA学会などで耳にする機会も増え、MENεとMENβという核内ノンコーディングRNAがイノシン化RNAが濃縮しているパラスペックルという核内構造体に局在すること、MENβをノックダウンするとパラスペックルの構造体が崩壊すること、MENεにはそのような骨格形成の機能はないこと、パラスペックルを構成するPSFやp54nrbとMENε/βが複合体を作っていること、などが次々明らかとなってきました。そして満を持して論文を投稿されたという話を聞いたのですが、これだけ興味深い話を細胞レベルで留め置くのはもったいない、ぜひ個体レベルでの表現型も見てみたい。こう思うのが発生生物学畑の人間の性です。廣瀬さん、ぜひノックアウトマウス作ってくださいよー、絶対面白くなると思いますよー、とかことあるごとに話をしていたのですが、お台場の産総研にはそもそもマウス小屋すら無いんですよ。とか。いやそれはもったいないですねえ。なんとかならんもんなんですかねえ。たまたま2008年の若手の会の世話人を僕と廣瀬さんでやることになり、連絡をとるたびそんな話を良くしていました。

ちなみに、ネズミを使った仕事は頭は使いませんが、時間はかかります。思い立ったら吉日。世の中誰がどこでノックアウトマウスを作り始めているかわかりませんから、すぐにデザインだけでも始めるのが業界人の習わしです。僕がネズミを作るならこんな感じかなあ、こっからここまでアームで入れて、、、、ん、これってSalIとXhoIでつなげるのか、しめしめ、なんてGene Construction Kitなるベクターデザインソフト上でちぎったりはったりしているうちに、だんだんその気になってきて居ても立ってもいられなくなってきました。通常、なんでもかんでも手を出すというのは道義上好ましくはないのですが、Gomafuの仕事を始めてからは核内ノンコーディングRNAと聞くだけでむずむずしてしまう体質になってしまいましたし、そもそも核内で構造体を形成するノンコーディングRNA自体、そんなに数は多くありません。Gomafuをもっと良く知るためにも、同じように核内で構造体を作るRNAの機能を知りたい。MENε/βのノックアウトマウスを作りたい。作りたい。作りまくってしゃぶり尽くすまで表現型を見てみたい。というわけで廣瀬さんに頼み込んで、ほんとなら廣瀬研にポスドクで行ってそこで解析をしたいのですが、妻(網膜の幹細胞の研究)も子供(網膜の研究をしている学生さんたち)もいるので、家(独立主幹研究ユニット)をすてるわけにはいかず、一緒に個体レベルでの解析をさせていただくわけにはいきませんでしょうか、と。

こういうのを押し掛け女房と言うんでしょうが、そんなかんなで、2008年の3月、ネズミを作り始めることになったわけです。

(つづく、というかこの話終わるのだろうか、、、)

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