April 6, 2013

ドラゴン怒りの鉄拳


こんにちは、泊研D3の深谷です。先月、岩川さんとともに、ウィスラーで行われたKeystone symposiaに参加してきました。現地でスキーに行った楽しい思い出など書こうと思っていましたが、研究について思うところがあったので書いてみます。


miRNAがどのように働いているのかは未だに明確にはなっていませんが、少なくとも「Poly(A)鎖の分解とmRNAの不安定化」とそれとは独立した「翻訳抑制」を介して機能しているというのが、この業界のコンセンサスのように思います。多くの人がより詳細な仕組みを明らかにしたいと、現在も精力的に研究を行っています。

先日、イギリスの研究グループの論文がサイエンス誌に掲載されていました(http://www.sciencemag.org/content/340/6128/82.abstract)。この論文で提唱されているmiRNA作用モデルは興味深いものです。それが本当であるならこの分野における理解が大きく前進したと言えると思います。しかし、僕は、逆に、この論文が混乱を招いてしまうことを危惧しています。一番の問題点は先行研究を無視して、あたかも彼らが新しい発見をしたかの様に記述している点にあります。

彼らはmiRNAの作用点を明らかにするために、種々のIRES5´UTRに持つレポーターmRNAを用意し、miRNAに対する感受性を調べる実験を行っています。そして、この実験結果は、彼らが提唱するモデルの重要な根拠のひとつとなっています。

しかし、同様の実験はこれまで何度も行われており1-9、ときには相反する実験結果を生み出してきました。翻訳という現象は考慮すべきパラメーターが多く、特殊なレポーターmRNAを用いた解析のみで軽々に結論を出すべきでは無いことは、今では多くの研究者の認識するところです。ですが、この論文の著者らはこういった状況を顧みずに、彼らの結論に矛盾するような過去の実験報告に対しても、「A number of factors may explain previous contradictory results involving miRNA-targeted IRES reporters (Jackson et al. Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 2010)」と、レビュー記事を引用するだけで、真摯に議論することを避けています。

同様に、「翻訳抑制」と「Poly(A)鎖の分解」の関係に関しても、あたかも自らの結果が画期的であるかのように主張していますが、その一方で、その結論に反する過去の報告6,10-13を無視しています。その他にもいくつか問題点があるように感じます。

トップジャーナルとなればなおさら、影響力が大きい訳ですから、公平な視点で語ってほしいな、と思いながらも、これらの不満はサイエンスに出たことへのひがみかもしれません。。

今日は、こんなことを考えながら実験していたら、集中できずにいろいろと操作ミスをしました。

1. Pillai et al. Science (2005)
2. Petersen et al. Molecular Cell (2005)
3. Humphreys et al. PNAS (2006)
4. Kiriakidou et al. Cell (2007)
5. Mathonnet et al. Science (2007)
6. Wakiyama et al. Genes and Development (2007)
7. Lytle et al. PNAS (2007)
8. Walters et al. RNA (2010)
9. Ricci et al. Nucleic Acid Research (2011)
10. Iwasaki et al. Molecular Cell (2009)
11. Fabian et al. Molecular Cell (2009)
12. Eulalio et al. RNA (2010)
13. Fukaya et al. Embo Journal (2011) 

追記


さらにこの論文で、二種類の異なる5'UTRを用いて、その熱力学安定性によって翻訳抑制の程度が変化するというデータを示しています。 しかしすでに過去に、5'UTRの配列によって抑制の程度が変化すること、さらに、その熱力学的安定性と必ずしも相関がないことが示されています(六種類の内在遺伝子の5´UTRを用いて、14参照)。サイエンスの論文の著者らはこの論文を引用すらしていません。

14. Ricci et al. Nucleic Acid Research (2013)

1 comment:

  1. 科学というのは実はとても人間臭いところで動いていて、それはワトソンの名著『二重らせん』にもたっぷり書かれているわけですが、いずれにせよ最終的に残るか残らないかというレベルで言うと、人間臭さは超越して、やはり真実のみが引き継がれていくのだと思います。人間レベルの時間で動いている不条理に対する怒りを糧に、そのスケールの時間を軽く越えるような良い仕事をしたいものですね。

    中川

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