Carmichaelさんといえば、やはり2001年のこの論文が有名でしょうか。ウイルスに対する防御機構として、ウイルス由来の二本鎖RNAが「細胞質」でインターフェロン応答をおこすことは教科書にも載っている周知の事実です。では「核内」においてウイルスが作る二本鎖RNAはどういう生理反応を引き起こすのでしょう?という疑問に、極めて明確に応えてくれた論文ですね。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11525732
答えは、、、見てのお楽しみ、なんてもったいぶらずに明かしてしまいますと、二本鎖RNAは核内でADAR、つまりアデノシンを脱アミノ化してイノシンに変換する酵素で認識されるために、いわゆるイノシン化修飾を受けます。一方、核内にはp54nrbなるイノシン結合タンパク質が存在します。従って、イノシン化されたウイルスのRNAはp54nrbのはたらきでしっかりと核内に繋留され、細胞質に移行できない。ウイルスの増殖が抑制される、という非常に明確な話です。この論文のキモは、イノシン化された二本鎖RNAに特異的に結合するp54nrbをいわゆるpull downで精製してきた、というところです。コントロールは修飾を受けていない二本鎖RNA。アイデアがシンプル明快。目の付け所が絶品チーズバーガーです。
さて、このイノシン化修飾を受けた二本鎖RNAの核内繋留メカニズムが、ウイルスが作る二本鎖RNAにしかはたらかないのか、というところが気になるわけですが、それに関してはPrasanthらによる次の論文が一世を風靡したのが記憶に新しいです。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16239143
高等脊椎動物においてはレトロトランスポゾンが大量に挿入されています。遺伝子によっては複数個挿入されていて、そのうちの一部では逆位に二つ挿入されている物があります。するとどうなるか。分子内で二本鎖を形成してしまいます。そうすると、そこがあたかもウイルスが生活環の過程で作る二本鎖RNAがごとく認識され、イノシン化され、あとは一緒です。つまり細胞質に運ばれずに核内に繋留され、普段は発現抑制を受けています。ところが細胞にストレスがかかると、メカニズムはまだ良く分かっていないのですが、このUTRに挿入されたレトロトランスポゾンの部分の手前でmRNAが切断されてしまうらしいです。そうすると、イノシン部分が切られてしまうわけですから、結果として核内繋留が外れる。晴れて細胞質に輸送され、翻訳されるようになる。しかもこのような制御を受けているmRNAは、ストレス時に必要なタンパク質をコードしている。なんだか出来すぎた話のような気がしますが、およそ生物学が明らかにしたことは、出来すぎた話ばかりです。神は偉大なり。
さて、Prasanth論文の続編とも言えるのが、再びCarmichaelさんのとこからでてきた次の論文で、これまた愁眉です。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19716791
ここでやっと、本新学術の研究領域とつながってくるのですね。イノシン化されたRNAはパラスペックルと呼ばれる核内構造体に繋留されているのですが、このパラスペックルの構造を維持しているのがノンコーディングRNA、MENbetaです。このノンコーディングRNAが無いと、パラスペックルは出来なくなってしまいます。産総研の廣瀬グループをはじめとして同時に3グループから報告されています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19188602
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19106332
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19217333
Carmichaelさんらが発見したのは、ES細胞ではMENが発現しておらず、従ってパラスペックルも無い。そうなる逆位レトロトランスポゾン挿入を受けた遺伝子の核内繋留もおこらず、そのことがES細胞の多分化能を制御している、というお話しです。
イノシン化二本鎖RNA結合タンパク質の同定>新規mRNA核内繋留機構の解明>核内繋留がおこる核内構造体の発見>核内構造体のより高次な生理機能の解明
という、研究の流れが明確に読み取れます。
ところでこのCarmichaelさん、実は非常に古くからRNA結合タンパク質のpulldownによる同定の試みを行っていまして、年代から推し量るにその草分け的存在とも言えるのではないでしょうか。どうやってRNAをビーズに固相化するか。そういうところから自分で工夫しておられます。当時の実験風景、ぜひ直接会ったときに聞いてみたいものです。実は同姓同名の別人の人の実験だったりするかもしれませんが、、、Carmichaelさんがそもそも二本鎖RNAの研究を始めたきっかけというのは、Polyomaウイルスの初期遺伝子から後期遺伝子への発現スイッチの制御機構の研究であったみたいです。ウイルスとホスト細胞の戦いのような場では生物が持つポテンシャルが最大限に発揮されていて、そこで見られるメカニズムは何らかの形でもっと高次の生命現象にも反映されているのが面白いですね。また、僕自身が特に感動を覚えるのが、Carmichaelさんの研究をずっと貫いている、RNA研究の生化学という一本の糸です。こういう一貫性というのは、見ていて、すがすがしく、羨ましく、目指さなくてはいけないことだと、つくづく感じます。自分自身だいぶん浮気性なので、この辺とても恥ずかしいです。
いずれにせよ、今回の話の全て、僕自身が論文上でしか知らないことなので、直接その研究を生きてきたご本人の生の話を聞けるというのが、大変楽しみです。Carmichaelさんは5月の7日に慶応大学の塩見研で行われるTokyo RNA Clubにも来てくれるそうなので、興味を持たれた方は是非いらして下さい。こちらは自由参加です。
中川
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