May 29, 2011

パラスペックルの話(7)

ノックアウトマウスを作ってみたら表現型が無かった、というのは良くある話ですが、ノックアウトマウスを作ってみたらそもそもその遺伝子が発現していなかった、というのはなんともお祖末な話です。MENε/βは全ての培養細胞で発現していることになっていたので、また試した限り実際そうだったので、ヒストンやアクチンといった「ハウスキーピング遺伝子」と同じものだと決めてかかっていたのが大きな間違いでした。いろいろ調べていくと、MENε/β遺伝子座から読まれる3-4 kbのMENεと20kb超のMENβは、それぞれ興味深い発現パターンを示すことが分かってきました。

・MENεの発現は比較的いろいろな組織で見られるが、それでも特定の細胞タイプでしか発現していない。
・MENβはMENεを発現する細胞のうち、さらにごく一部の細胞でしか発現していない。
・明確なパラスペックルはMENβを発現している細胞でしか見られない。
・生体内でMENβを発現していない細胞でも、培養条件に持ってくるとMENβの発現が誘導され、パラスペックルが形成される。
・MENβを発現する場所は、細胞が死んでゆくところ、脱落してゆくところが多く、そういった細胞ではパラスペックルが見られる。

そう、まるで生体内では、死んでいく細胞が最後の記念にパラスペックルを作っている、というような感じであったのです。パラスペックルは細胞の遺書か?!

ちなみに、Genome Browserなどを見るとすぐに分かるのですが、マウスゲノムのMENβの領域にはほとんどESTが貼り付いていません。

ヒトではMENβにも多少はESTが見られますが、圧倒的にMENεの領域が多く転写されています。廣瀬研の実験では確かにMENβが重要ということが示唆されていた訳ですが、短いフォームのMENεでパラスペックルが出来る、と言っている人たちはいるので(Mol Cellの論文)、世間ではそう思っている人の方が多いかもしれません。恥ずかしながら、僕自身長いことマウスではMENβは機能していないものと思っていました(ほとんど発現していないから)、、、ヒトのMENβのESTが多いのは、ヒトではガン細胞の研究が盛んで、培養細胞ではMENβの発現が誘導されるから、ということなのかもしれません。

ともあれ、パラスペックルというものが思ったよりも奥が深いと言うことが分かってきましたが、ノックアウトマウスでは全く表現型が見つからなかったので、これらの知見を論文にしたものかどうかえらく迷っていました。そんな折、このブログでもちょっと紹介したカナダで開催されたRiboClubという会で、パラスペックル発見者のFoxさん、これまたTokyo RNA Clubがらみで紹介したことのあるカーマイケルさんとご一緒した際、マウスを作ってみたんですが表現型が無くて、でもそもそも発現パターンが奇妙なんですよ、まったくなにしてんでしょうパラスペックルは、というような話をしたら、それは驚きだ、ぜひ論文にしたら?みたいに言われ、これは一つまとめてみるか、ということになりました。ホモ個体が生まれたから2年ほど経ってのことです。in situのデーターは古すぎたり写真の露出がばらついていたりで結局ほとんど実験をやり直すことになってしまったのですが、2年間で分かったことの追試は2週間で出来る、という誰が作ったのかよくわからん格言通り、それほど苦労せず論文の投稿までは行ったのですが、レフリーからはさすがに鋭い突っ込みがやってきました。

いろいろあったコメントのうち急所を突いていたのは、「肝臓でもパラスペックルが無いって言っているけれども、他の論文ではあることになっているでしょうが。どうなってんの。」というものでした。まさにその点はこちらも不思議に思っていたところで、さらっと見過ごしてくれるかと思っていたのですが、同業者というのはさすが見る目が違います。その後、性別やらステージやらいろいろ条件の異なる肝臓を見ていくと、原因はよくわからないけれども肝臓におけるパラスペックルの有無には個体差があることが分かってきました。まったくもってレフリーさまさまです。その他のコメントを含め、論文の質は当初よりだいぶ改善されたと思うのですが、実はそれよりももっと重大なヒントをレフリーからいただいているのです。これが。それはまた数年後の続編、ということにしたいと思います。。

長々と書いてきた割には全然パラスペックルの解説になっていなくて忸怩たる思いはあるのですが、そろそろこのシリーズも終わりにしたいと思います。ともあれ、この「パラスペックル」という核内構造体、いろいろな意味で長鎖ノンコーディングRNA研究のcase studyになっているような気がします。核内の構造体って、結局単なる贅沢品だったのか。贅沢品って本当に不必要なものなのか。よくわかりません。パラスペックルが生体内ではほとんど見られないのに、培養条件にもっていったらなぜすぐ出来るのか。よくわかりません。でも、分からなければ分からないほど燃えてくる。恋ですねこれは。距離が下手に詰まると飽きがくるのかもしれませんが、なかなか本質的な姿を見せてくれないパラスペックルに翻弄され振り回される研究者たち。それでも皆幸せそうな顔をしているように思えるのは、単なる気のせいだけでは無いでしょう。

2 comments:

  1. 脱稿、おめでとうございます。お疲れ様です。文句なしに面白かったです。丁寧な解析をすることがいかに大切かよくわかります。逆に言えば、気合いの入った解析はやはり認めてもらえるものだということも。

    影山裕二/岡崎統合バイオ

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  2. 河岡です。
    非常に読み応えのあるお話で、面白かったです。
    恋ですね。
    僕も書きたいエントリがたくさんあるので、折をみて、どんどん書いていこうと思います。

    東大・河岡慎平

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