June 19, 2011
浦島太郎、および、実験医学と細胞工学
一般に、学会に参加していると逆浦島太郎効果、といいますか、密度の濃い時間を過ごす分、一週間ラボを離れただけでまるで一年ぐらい留守にしたような気分になるものですが、今回は諸般の事情でラボを離れられず逆の立場に身を置き、一週間程度ではなにも仕事が進まないということが良くわかりました。学会の長期出張から帰ってきたPIは異常に活性化されていることが多く、しかも逆浦島太郎効果のせいで、これだけ長いことラボを留守にしているのだからよっぽど仕事は進んでいるだろう。あの実験はどうなった。この実験はどうした。なにー、まだやっとらんだとー、、、気合いが足らんのじゃ気合いが!!、と、そっと「取り扱い注意」と背中にはってあげたくなるような人もしばしば見かけるのですが、いや自分自身その典型なのですが、逆の立場の人間はたまったものではありません。しかし多くの場合、人間というのは弱いものでともすれば楽な方に楽な方に流れてしまいますから、こういう機会ごとに緩んでいたタガを閉め直すのは大切なことのような気もします。また明日から心を入れ替えて仕事をしようと。浦島太郎にならないように。
さて、それはともかくとして今月、実験医学と細胞工学の特集は、どういう偶然かどちらもノンコーディングRNAです。本領域に参加している研究者も顔を出しております。手前味噌ですが、僕自身もかなり気合いを入れて書いたので、もうこれで思い残すことは無い、、、いや、全く逆で、これだけ謎だらけの状況で仕事が中断したら死んでも死にきれない、ヒトダマになってコールドルームに毎晩出てやるうー、ぐらいに感じています。熱い、暑くるしい研究者たちの雄叫びがみっちりとつまった両特集。ぜひ読み比べてください。少なくとも長鎖ncRNA研究の現況については、両者でほぼひととおりカバーできているのではないかと思います。細胞工学の監修をされた佐渡さん。おつかれさまでした。
そういえば、昔はこれに加えて蛋白質核酸酵素という日本語の総説の雑誌もありました。ともすると日本語の総説は英文の雑誌に比べると一ランク下に見られがちで、Nature reviewsから総説の執筆依頼がきたらそれは名誉なことです、と、二つ返事で引き受ける大教授も、日本語の総説となると、ん、うちの学生のなになに君あたりに書かせようかー、ぐらいになっているのが実情なのではないでしょうか。実際問題、日本語の総説は日本語を解する人しか読めないので、世界の研究者の数パーセントかそれ以下の人しか情報にアクセスできません。また、多くの場合、ピアレビューも無い。その一方で、これら日本語の総説誌を出している出版社の日本語のプロトコール本は非常に良く出回っているような気がします。一昔前、「まいどー。本屋ですー。」と、怪しげなオヤジが売り回っていた海賊版のMolecular Cloning やCurrent Protocolはすっかり見かけなくなりました。日本語プロコール本が広まって自然淘汰されたのか、とうとうあのオヤジがお縄になったのか知る由もありませんが。ともあれ、母国語で専門知識が手に入るというのは、ある意味奇跡的です。英語というのがサイエンスへの壁を高くしているのは間違いありません。夕刊フジや日刊ゲンダイを読む感覚でNatureやScienceを読むことが出来たら、、、というか、そういう感覚で彼らは読んでいる訳ですが、もっと気軽にサイエンスを、というのは、なんとなく、常々思うところではあります。
June 12, 2011
5th Tokyo RNA Club (2)
長鎖のノンコーディングRNAの世界はXistやインプリンティングに関わる一部の遺伝子を除いては、非常に長いこと単なる配列の記載に終始していた感があるのですが、その中でキラリ、Evf-2というノンコーディングRNAの生理的な機能をきちんと報告したのが2006年にGenes and Developmentに報告されたKohtzさんのこの論文です。そもそもどうやってこの遺伝子に巡り会ったのかというのが興味深いのですが、Kohtzさんはもともと発生屋さん。発生生物学の世界では千両役者、スター級のシグナル分子にSonic Hedgehogという遺伝子があるのですが、この遺伝子は神経系の腹側の正中線で発現し、神経管の腹側に存在するいくつかの神経細胞のサブタイプの運命決定に関わることが分かっています。Kohtzさんはこの神経系のパターン形成の仕事をしている中で、腹側に存在する特定のサブタイプの神経細胞で発現している遺伝子を同定し、embryonic ventral forebrain-1と名付けています。この仕事は1998年のDevelopment誌に掲載されているのですが、当時は単なる神経細胞のマーカーとしてしか使っていなかったようです。ちなみにこのDevelopmentという雑誌。オソロシク同業者の間で評価が高く、業界外ではそれほどでもない、イブシ銀の雑誌で、いうならば長島、落合も認める天才打者、カープの前田、といったら分かっていただけるでしょうか。それはともかくとして、当時は単なるマーカーだったEvf-1、ならびに同じく腹側の神経細胞で発現するマーカーのEvf-2がノンコーディングRNAであること、またそのすぐ近傍のゲノム領域に同様に神経系のパターン形成を制御するDlx遺伝子が存在するところから話は急展開していきます。先述の2006年のG&Dでは、Evf-2が近傍の遺伝子発現の転写活性化因子としてはたらいていることを非常に綺麗な一連の実験で示しておられます。当時、僕自身ノンコーディングRNAの研究を始めたばかりのころでしたが、この美しい仕事に非常に感銘を受けたのを良く覚えています。すこし大げさな言い方をすれば、海のものとも山のものともつかぬ長鎖ノンコーディングRNA群でも、個別の遺伝子の機能をきちんと解析してゆけば必ず新しいことが分かるということを、極めて明確な形で明らかにしてくれた初めての論文ではないでしょうか。もちろんインプリンティング関連、Xist関連のノンコーディングRNAの論文はそれまでもあったわけですが。
つい最近になって、Kohtzさんはさらにこの仕事を発展させ、Evf-2によって制御される遺伝子発現制御が海馬におけるGABA依存性の神経回路形成に関わっていることをNature Neuroscienceに発表しています(論文はこちら)。この辺りの話が中心になるのかもしれませんが、もっと新しい話も聞けるかもしれません。乞うご期待!
中川
June 7, 2011
5th Tokyo RNA Club
この弥生講堂というのは檜の無垢材がふんだんに使われた大変瀟洒な建物で、ここって大学?とおもわず何処にいるのか分からなくなってしまうぐらいです。センスが無くて汚くて暗いのが大学の代名詞だった20年前とは隔世の感があります。新聞やテレビでは昔は良かった、今は閉塞感が満ちあふれ息苦しいとか言いますが、あーゆー暗くて汚い場所に戻りたいなら戻って下さい、僕は今の方がよっぽどマシだと思いますよ、と声を大にして言いたいものです。とはいえ自虐的な喜びを感じる人というのは世の中にはいるもので、暗くて汚い地下室で貧乏くさく引きこもってやるのが学問と信じて疑わない人々もいるから世の中面白いものです。そりゃ学問じゃなくて黒魔術でしょう、という気もしますが。
例によってだいぶ話がそれてしまいましたが、今回は新学術のテーマに沿ったnoncoding RNA (ncRNA) を中心としたTokyo RNA Clubになります。長鎖のncRNAの話題が6題、小さなRNAの話が13題。長鎖ncRNAはマイナーな分野ですので、簡単に海外のゲストの方の紹介をしておきます。
まず最初はArcha Foxさん。パラスペックルがらみでここに何回か名前を出しましたが、イギリスはダンディー大学、Lamondさんの研究室でポスドクをしているときに、核小体のプロテオミクスを勧めている過程で取れてきた複数のタンパク質が核内で共局在していることを見つけた、パラスペックルの発見者です。ラボのホームページはこちら。
現在は旦那さんと共に西オーストラリア大学でラボを持っておられますが、ずっと継続してパラスペックルに局在するタンパク質、および骨格成分であるMENε/βの研究をしておられます。世代的にはまだ30半ば。特に若い学生さんやポスドクにとっては身近な存在に感じられるのではないでしょうか。京都のRNA meetingにも出られますので、学会に行かれる方はいろいろ人生相談など出来るかもしれません。個人的にArchaさんがスゴイなあとおもうのは、抗体染色のパターンを見て、これは新しい核内構造体に違いない、と信じて、解析を進めて行った、というところです。実際のところ、核を染色する抗体の多くは、べったりと染まるのではなく、ところどころに輝点が見えることが多いです。ただ、普通は、ああ、なんかざらざらそまっているなあ、ぐらいでほっておいてしまうような気がします。実際問題、現在パラスペックルマーカーと呼ばれている抗体の染色パターンを見ても、パラスペックルを知らない人にとっては、おそらくいきなり心臓がバクバクするようなものではありません。憧れの紺野美沙子さんを日比谷公園のチャリティーイベントで見かけたことがあるのですが、スタッフの間に紛れている間は意外と普通の人とかわらないのですよね。ところがいったん気づいてしまうと気になって仕方がない。こう、光り輝くオーラみたいなものがそこにあって、なんでさっきまで気がつかなかったのだろうと。Archaさんが発見した当時はパラスペックルは一部の愛好者のみぞしるマイナーな存在だったのが、いまやすっかり一流スターの仲間入りです。パラスペックルを有名にした仕事の全てに彼女が必ずしも名を連ねているわけではありませんが、最初にあの構造体に気づいた、その感性は、本当に凄いなあ、と思います。
もう一人の長鎖ncRNA関連の海外ゲスト、Jhumku Kohtzさんについては次回。
中川
May 29, 2011
パラスペックルの話(7)
・MENεの発現は比較的いろいろな組織で見られるが、それでも特定の細胞タイプでしか発現していない。
・MENβはMENεを発現する細胞のうち、さらにごく一部の細胞でしか発現していない。
・明確なパラスペックルはMENβを発現している細胞でしか見られない。
・生体内でMENβを発現していない細胞でも、培養条件に持ってくるとMENβの発現が誘導され、パラスペックルが形成される。
・MENβを発現する場所は、細胞が死んでゆくところ、脱落してゆくところが多く、そういった細胞ではパラスペックルが見られる。
そう、まるで生体内では、死んでいく細胞が最後の記念にパラスペックルを作っている、というような感じであったのです。パラスペックルは細胞の遺書か?!
ちなみに、Genome Browserなどを見るとすぐに分かるのですが、マウスゲノムのMENβの領域にはほとんどESTが貼り付いていません。

ヒトではMENβにも多少はESTが見られますが、圧倒的にMENεの領域が多く転写されています。廣瀬研の実験では確かにMENβが重要ということが示唆されていた訳ですが、短いフォームのMENεでパラスペックルが出来る、と言っている人たちはいるので(Mol Cellの論文)、世間ではそう思っている人の方が多いかもしれません。恥ずかしながら、僕自身長いことマウスではMENβは機能していないものと思っていました(ほとんど発現していないから)、、、ヒトのMENβのESTが多いのは、ヒトではガン細胞の研究が盛んで、培養細胞ではMENβの発現が誘導されるから、ということなのかもしれません。
ともあれ、パラスペックルというものが思ったよりも奥が深いと言うことが分かってきましたが、ノックアウトマウスでは全く表現型が見つからなかったので、これらの知見を論文にしたものかどうかえらく迷っていました。そんな折、このブログでもちょっと紹介したカナダで開催されたRiboClubという会で、パラスペックル発見者のFoxさん、これまたTokyo RNA Clubがらみで紹介したことのあるカーマイケルさんとご一緒した際、マウスを作ってみたんですが表現型が無くて、でもそもそも発現パターンが奇妙なんですよ、まったくなにしてんでしょうパラスペックルは、というような話をしたら、それは驚きだ、ぜひ論文にしたら?みたいに言われ、これは一つまとめてみるか、ということになりました。ホモ個体が生まれたから2年ほど経ってのことです。in situのデーターは古すぎたり写真の露出がばらついていたりで結局ほとんど実験をやり直すことになってしまったのですが、2年間で分かったことの追試は2週間で出来る、という誰が作ったのかよくわからん格言通り、それほど苦労せず論文の投稿までは行ったのですが、レフリーからはさすがに鋭い突っ込みがやってきました。
いろいろあったコメントのうち急所を突いていたのは、「肝臓でもパラスペックルが無いって言っているけれども、他の論文ではあることになっているでしょうが。どうなってんの。」というものでした。まさにその点はこちらも不思議に思っていたところで、さらっと見過ごしてくれるかと思っていたのですが、同業者というのはさすが見る目が違います。その後、性別やらステージやらいろいろ条件の異なる肝臓を見ていくと、原因はよくわからないけれども肝臓におけるパラスペックルの有無には個体差があることが分かってきました。まったくもってレフリーさまさまです。その他のコメントを含め、論文の質は当初よりだいぶ改善されたと思うのですが、実はそれよりももっと重大なヒントをレフリーからいただいているのです。これが。それはまた数年後の続編、ということにしたいと思います。。
長々と書いてきた割には全然パラスペックルの解説になっていなくて忸怩たる思いはあるのですが、そろそろこのシリーズも終わりにしたいと思います。ともあれ、この「パラスペックル」という核内構造体、いろいろな意味で長鎖ノンコーディングRNA研究のcase studyになっているような気がします。核内の構造体って、結局単なる贅沢品だったのか。贅沢品って本当に不必要なものなのか。よくわかりません。パラスペックルが生体内ではほとんど見られないのに、培養条件にもっていったらなぜすぐ出来るのか。よくわかりません。でも、分からなければ分からないほど燃えてくる。恋ですねこれは。距離が下手に詰まると飽きがくるのかもしれませんが、なかなか本質的な姿を見せてくれないパラスペックルに翻弄され振り回される研究者たち。それでも皆幸せそうな顔をしているように思えるのは、単なる気のせいだけでは無いでしょう。
May 15, 2011
パラスペックルの話(6)
2002年:新規核内構造体パラスペックルが登場。PSP1, PSP2, PSFが共局在するドメインとして。University of DundeeのArcha Foxらが報告。JCB誌。
2005年:パラスペックル論文続報。p54nrbが新たなコンポーネントの仲間に。再びFoxら。MCB誌。
2005年:イノシン化修飾を受けたmRNAがパラスペックルに繋留されているとの驚きの報告。ストレスが加わると繋留がはずれ核外へ。CSHLのPrasanthらが報告。Cell誌。
そして2007年、BMC Genomicsに発表された、Chessらの高発現量ノンコーディングRNA、NEAT1 (MENε)、NEAT2 (Malat-1) の細胞内局在報告が続く訳ですが、どういうわけか、この論文ではMENεの核内の輝点がパラスペックルであるという記載はありません。核スペックルの近傍にドットが見える、という記述があるので(パラスペックルとはそもそも核スペックルの近傍、という意味)気づいていなかった訳は無いと思うのですが、今から考えると、想像にすぎませんが、NEAT1をノックダウンするとパラスペックルが壊れるという予備的な結果が出ていたので、その機能解析論文を仕上げるまではヒ・ミ・ツ、ということだったのかもしれません。
さて、MENε/βのノックアウトマウス。ヘテロマウスを増やしてガンガン掛け合わせをして、片っ端からメンデル比を調べていったのですが、、、
E (embryonic day) 8.5:ホモ個体あり。外見異常なし。
E10.5:ホモ個体あり。外見異常なし。
E14.5:ホモ個体あり。外見異常なし。
こりゃノックアウトマウスのデザインが間違えていたかな、と、念のためE14.5胚から初代培養細胞MEFを作ったところMENε/βの発現はなく、パラスペックルマーカーPSFの集積も見られず、ほっと一息。つづいて。
E16.5:ホモ個体なし。
E18.5:ホモ個体なし。
うりゃ、きたきた、と、この時点ではembryonic lethalであることを全く疑っていなかったのですが、
P (post natal) 0: ホモ個体あり。外見異常なし
P14: ホモ個体あり。外見異常なし
なんだ、ただの偶然か、とちょっと落胆。と、ここで、もしかするとノックアウトMEFではパラスペックルはできていないけれども、生体内ではMENε/βの発現が失われていないのかもしれない、と思い当たり、背中にじっとりと脂汗が浮かんできました。このノックアウトマウスはちょっと手抜きのデザインをしていて、MENε/βの転写開始点の直下にpoly-A配列をタンデムで並べているだけなので、MENε/βの本体はしっかり残っています。ですので、たとえば生体内でalternativeな転写開始点が使われたりしたときは、もしくはせっかく挿入したpoly-A配列が完全に無視されてスルーされてしまったときは、普通にMENε/βが発現してきたとしても不思議ではないのです。
E10.5の個体のサンプルを切片にして、おそるおそるin situをしたところ、ホモ個体では全くMENε/βの発現が見られず、胸を撫で下ろしたのですが、別の切片を見たところ、
なんだこれ。野生型でもMEMε/βの発現がないではないか、、、
それまで文献的にはMENε/βの発現は「ubiquitous」と言うことになっていたのであえて生体内での発現を調べたことは無かったのですが、どれだけ目を皿にしてもMENε/βの発現は見られません。発現が無いのならば表現型が出ないのは当たり前で、それはそれで納得がいくのですが。通常ノックアウトマウスを作る前に詳細な発現解析をするのが鉄則なので、こんなおっちょこちょいなことをしていることを知られたら師匠に破門されそうですが、MENε/βの発現は実は思っていたよりもダイナミックなのではないか、という興味深い可能性が出てきた訳です。
(次回最終回です)
April 29, 2011
パラスペックルの話(5)
2007/12/下旬 quick 5 hours rejection by Neuron&Nature neuroscience
(3ネンカケタ力作ガ、タッタノ5時間デ、リジェクトカイナ、、、)
2008/1/8 Dev Cell Submission
ありがと。目を通してみるわね。
2008/1/8 Editorial Decision
んー、おもしろいかもしれないけど、ちょっと実験たらないんじゃない。これを足したら考えてあげないわけじゃないけど、いまのままじゃ、だめね。じゃね。
2008/6/24 DevCell Pre-submission inquiry/submission
ふーん、実験追加したんだー(やんわりと断っていたのに、分かってないわねこの人たち)。ま、レビューには回してあげるわ。
2008/8/13 DevCell Decision
がんばったみたいだけど、やっぱり、あなたは私にふさわしくないって。この人が言ってるの。ごめんね。じゃ、またね。
(最初カラソノキハナカッタナ、、、)
2008/8/26 Development submission
確かに受領しました。
2008/10/29 Development interim decision
レビュー完了です。一人が猛烈に反対しています。彼を納得させてください。
2008/1/20 Development revision submission
確かに受領しました。
2009/2/18 Development interim decision
レビュー完了です。一人がまだ猛烈に反対しています。彼を納得させてください。
2009/2/23 Development re-revision submission
確かに受領しました。
2009/3/24 Development Decision
良い知らせです。おめでとうございます。
一人はまだ何か言っていますが。。。
これぐらいでうまく行けば良いのですが、ものによっては3、4年漂流して、とっくに適齢期を過ぎてしまうものもあります。ただし、なんやかんや言って、こうやってレフリーの意見を取り入れてゆくうちに、論文の完成度自体はどんどん上がってゆくという実感はあります。学位取得を目指す学生さんや、留学前に仕事を完成させたいポスドクの方からすれば気が気で無いところはあるでしょうが、いわゆるピア・レビューはさすがに同業者だけあって、怠けたところには突っ込みが入りますし、このまま出したらヤバそうなところには、そういう警鐘をきちんとならしてくれます。ですので、個人的には投稿後2、3ヶ月待たされたり、実験を追加しているうちに下の子が生まれたり、そのうちもう一人下の子が生まれたり、しているわけですが、どんなに時間がかかっても形にさえなれば別に良いかな、と思っていました。しかるに、2009年のパラスペックル論文。廣瀬研の論文が、一年ぐらいいろいろ回って、追加実験ばんばん要求されて、それでやっとこさ受理された瞬間、なんでひと月も開けずにぼこぼこ他のラボから論文が出てくるのかな、と、かなり釈然としない思いをしたのを良く覚えています。世の中にはインパクトファクターとかいう鼻クソみたいなものがありますが、後から出てきた論文ほどこの鼻クソファクターが高い雑誌に掲載されるのも不思議なことです。とはいえ、あくまでも時代の中で我々は生きている訳ですから、その時代が生み出そうとしている発見というものがあるとするならば、そういうものに複数の人間が同時に関わることになるというのは、別段不思議なことではないのかもしれません。
ともあれ、こういうことがあると、気分が引き締まります。仮想敵国ができると人々は燃えて団結して盛り上がって幸せになる、というのは、冷静時代のアメリカ映画を見ていても明らかです。居もしないライバルを頭に描いて猛然とピペットマンを手に96 plateに立ち向かう。頭の中で流れているBGMはインディ・ジョーンズ。2008年の3月にベクター作りを開始して約半年。神戸のCDBの超速!ノックアウトマウスシステムに乗っかって、2008年8月、待望のキメラマウスが和光の理研にやってきました。
(いつ終わるか分からなくなってきてしまいましたが、もう開き直って、あと2、3回投稿します。が、割り込み歓迎ですので。。。だれか止めてー!という状態とはこのようなことを言うのでしょうか)
April 23, 2011
パラスペックルの話(4)
in situ hybridizationによって目的遺伝子の細胞内局在を調べようとした矢先にそのパターンを報告した論文が出たーーーなどということがあると僕などショックのあまり2、3日寝込んでしまいますが、廣瀬研の人々は意に介さず、という感じで、すごい精神力だなあと思っていたのですが、それはやはり「機能解析」の難しさをご存知だったからなのでしょう。
核内ノンコーディングRNAは、一般的によく使われるsiRNAによるノックダウンが非常に効きにくく(RNAiのエフェクター複合体はほとんど細胞質にあるため)、一工夫が必要となります。ここで登場するのがRNAseHという、DNA:RNAハイブリッドのRNAを特異的に分解する酵素です。DNA複製の際に、いわゆる岡崎フラグメントを合成するためにプライマーゼ一によってRNAが作られる訳ですが、それらを除去するために核内には内在のRNAseHが非常に豊富に存在しています。そこで、ターゲットのRNAに対してアンチセンス配列を持つDNAオリゴを導入してやれば、内在RNAseH活性によって目的のRNAが速やかに分解されるわけです。このトリックを聞いたときには思わずひっくり返るぐらいびっくりして、世の中には賢いことを考えるヒトがいるのだなあとしきりに感心したのですが、スマートなRNA業界の方にとっては比較的なじみのある手法だそうです。
しかしここでまた一つ問題があって、例えばカエルのOocyteのように核に直接インジェクションできるような場合は非常に効率よくDNAオリゴを目的の場所である核内に届けることができる訳ですが、通常のリポフェクションなどの方法で導入した場合、そのほとんどが細胞質にたまってしまって、なかなか核内まで届きません。
廣瀬研で当時開発されつつあった必殺技は、オリゴDNAをいわゆるヌクレオフェクションという、エレクトロポレーションの改善版の方法で導入すると、はいるはいる、核にいきまくる、というものでした。もちろん、普通のリポフェクションでもある程度は核に入りますし、siRNAでも、多少は核内のノンコーディングRNAをノックダウンすることはできます。しかし、明らかに効率が悪い。特に多数の候補遺伝子があって、それぞれの機能を調べたい、という際には、ある程度効率の良い手法が必要となってきます。また、効率が良ければ当然遺伝子導入の条件自体をマイルドにすることができますから、より生理的な条件に近い状態で実験を組むことができる訳です。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。発現パターンだけの論文が「出た」、ということは、裏返せば彼らは機能解析に手こずっているということに他ならないので、恐るるに足らず。廣瀬研の方々が平然としていられたのは、その辺の間合いを見切っていたからなのでしょう。
実際、Andrew Chessの所からの件の論文が出た後も、機能解析の報告はちっとも出てきません。廣瀬研の話はそのあと若手の会やRNA学会などで耳にする機会も増え、MENεとMENβという核内ノンコーディングRNAがイノシン化RNAが濃縮しているパラスペックルという核内構造体に局在すること、MENβをノックダウンするとパラスペックルの構造体が崩壊すること、MENεにはそのような骨格形成の機能はないこと、パラスペックルを構成するPSFやp54nrbとMENε/βが複合体を作っていること、などが次々明らかとなってきました。そして満を持して論文を投稿されたという話を聞いたのですが、これだけ興味深い話を細胞レベルで留め置くのはもったいない、ぜひ個体レベルでの表現型も見てみたい。こう思うのが発生生物学畑の人間の性です。廣瀬さん、ぜひノックアウトマウス作ってくださいよー、絶対面白くなると思いますよー、とかことあるごとに話をしていたのですが、お台場の産総研にはそもそもマウス小屋すら無いんですよ。とか。いやそれはもったいないですねえ。なんとかならんもんなんですかねえ。たまたま2008年の若手の会の世話人を僕と廣瀬さんでやることになり、連絡をとるたびそんな話を良くしていました。
ちなみに、ネズミを使った仕事は頭は使いませんが、時間はかかります。思い立ったら吉日。世の中誰がどこでノックアウトマウスを作り始めているかわかりませんから、すぐにデザインだけでも始めるのが業界人の習わしです。僕がネズミを作るならこんな感じかなあ、こっからここまでアームで入れて、、、、ん、これってSalIとXhoIでつなげるのか、しめしめ、なんてGene Construction Kitなるベクターデザインソフト上でちぎったりはったりしているうちに、だんだんその気になってきて居ても立ってもいられなくなってきました。通常、なんでもかんでも手を出すというのは道義上好ましくはないのですが、Gomafuの仕事を始めてからは核内ノンコーディングRNAと聞くだけでむずむずしてしまう体質になってしまいましたし、そもそも核内で構造体を形成するノンコーディングRNA自体、そんなに数は多くありません。Gomafuをもっと良く知るためにも、同じように核内で構造体を作るRNAの機能を知りたい。MENε/βのノックアウトマウスを作りたい。作りたい。作りまくってしゃぶり尽くすまで表現型を見てみたい。というわけで廣瀬さんに頼み込んで、ほんとなら廣瀬研にポスドクで行ってそこで解析をしたいのですが、妻(網膜の幹細胞の研究)も子供(網膜の研究をしている学生さんたち)もいるので、家(独立主幹研究ユニット)をすてるわけにはいかず、一緒に個体レベルでの解析をさせていただくわけにはいきませんでしょうか、と。
こういうのを押し掛け女房と言うんでしょうが、そんなかんなで、2008年の3月、ネズミを作り始めることになったわけです。
(つづく、というかこの話終わるのだろうか、、、)
April 16, 2011
パラスペックルの話(3)
ノックアウトマウスでも作ってごらんなさいな、はなしはそれからですな。おとといきやがれ。はっはっ。
僕自身が大学院生の頃は、ショウジョウバエの遺伝学的解析から同定された遺伝子の相同分子を脊椎動物で同定できればとにかく飯が食えていた時代でした。発生生物学の分野では、パターン形成のメカニズムが無脊椎動物と脊椎動物で保存されているという、今となってみれば教養の学生さんでも知っている常識が、とてつもなく刺激的な最先端の知見でした。たとえば、この論文。ともすれば、その遺伝子の発現パターンだけで、ただそれだけで、驚きを持って受け入れられていたものです。僕の初めての論文(といってもアイデアも執筆も指導教官。これをほぼそのまま訳して修士論文にしようとしたら、破門されかけました。)も、相同遺伝子釣りとはちょっと違いますが、「動いている細胞」で「動いていない細胞で発現していると思われている遺伝子」が発現していますよ、という、ただそれだけの報告でした。最終的には論文という形で報告できたものの、最初に投稿した某ジャーナルのレフリーからのコメントが、冒頭の二つでした。レフリーのコメントのファックスを当時の指導教官に見せてもらった瞬間、頭の中では藁人形を持ち出していましたが、冷静に考えてみれば、当然のコメントでした。
機能解析、と簡単に言いますが、それなりに技術的には困難がともなうものです。例えば、僕が大学院生の時に日常的に使っていたニワトリ胚では、いまでこそ現東北大の仲村春和さんが世界に先駆けて開発したin vivoエレクトロポレーション法のおかげでサルでもできるレベルまで簡単になりましたが、当時は遺伝子を導入する方法がほとんど確立されていなかったのが実情です。リポフェクションがリン酸カルシウム法に代わり世間を席巻しようとしていた時代で、これまた現東北大の若松義雄さんが秘密のタンパク質分解酵素を組織にふりかけてからリポフェクションの試薬を使うと魔法のように遺伝子が導入できるという奇跡のプロトコールを開発して一部のマニアからは「神」扱いをされていた頃です。その一方で、アフリカツメカエルを使った実験系では、インジェクションで一過的ながらも遺伝子を個体レベルで発現させるのは常識以上の常識。ちぎったり貼ったりした発現ベクターをぶちゅっ、とカエルの受精卵にぶち込めば、サルでも機能解析、つまりもっとも重要な機能阻害実験を行うことができていました。でも、ニワトリではそう簡単にはいかない。とはいえ、学問的にはそんなことは言い訳にはならない。
時代が進んで今日び、特定の遺伝子の機能を実験的に無くしたときの結果が無ければ、サルにも見てもらえません。サルサルしつこいようですが、サル実験を馬鹿にしてはいけないわけで、時代によって要求される実験の進め方なり、データーの並び方なり、それが無いとサルにもなれない(シツコイ!!)実験的な検証手法は常に存在します。テクノロジーとしてのsiRNAはそういう意味でPCR以上に大学院生の生活をたぶん良い方に変えていて、口先だけで夢だけしか語れなかった時代が、きちんとした実験的な機能解析の証拠を引っさげてなまけものの上司にディスカッションを挑める時代になってきたわけです。
が、ところが、核内に存在するノンコーディングRNAに関しては、siRNAがうまいこと働かないことが多いのです。理由は簡単。いわゆるsiRNAやmiRNA経路に働くAgoファミリーはすべて細胞質に存在しており、核内のRNAを分解することができないわけです。それもあって、核内のノンコーディングRNAの機能解析は、一世代も、二世代も、遅れていた感があります。では、どうするか。廣瀬研では、とっておきのテクノロジーが開発されつつありました。
(つづく)
April 14, 2011
パラスペックルの話(2)
Paraspeckles are subpopulation-specific nuclear bodies that are not essential in mice.
J Cell Biol. 2011 Apr 4;193(1):31-9.
お台場は産総研におられる廣瀬さんと理研の僕のラボとの、記念すべき共同研究第一弾なのですが、サイエンティフィックな詳しい内容に入る前に、そもそもこの共同研究の始まったきっかけについて、、、
今からさかのぼること4年半、2006年9月、富士の山麓の裾野でRNA若手の会なる集まりが開かれました。そもそも今のRNA学会は、当時若手研究者だった(いまでも若い!?)現神戸大の坂本さんや井上さん、熊大の谷さんといった方々が中心となって、分子生物学会で神戸に集まったRNA関連の若手研究者を六甲山上に拉致(?)した研究会がそもそもの始まりだったと聞き及んでいますが、その後その研究会はRNA学会へと発展をつげ、しかしながら元々の母体は「RNA若手の会」として生き残り、脈々とその心意気は受け継がれこの研究分野の活力の素となっているとか、、、
話を戻して2006年のRNA若手の会。横浜国大の栗原さん、産総研の廣瀬さん、それから北里大学に当時おられた若井さんが世話人をされていたのですが、これがかなり気合いの入った会で、恒例のゲスト講演は筑波大の永田恭介さんと阪大の木村宏さん。まずここからして熱いです。うな重とカツ丼を一緒に食べるようなものです。そして質の高い学生さんやポスドクのトークもさることながら、シニアな方々の突っ込みの厳しいこと熱いこと。火照った頭もそのまま懇親会、場所を変えて継続懇親会、さらに継続継続懇親会、、、当時僕自身はRNAの研究ソサイエティとは縁とおく、知り合いと言えば神戸CDBつながりのN村さんとN山さんぐらいだったのですが、これがRNA学会を生み出した噂の若手の会の熱気かと、かなり気圧された覚えがあります。その何次会だったかは忘れてしまいましたが、廣瀬さんとお話しする機会がありまして、生化学的な分画から新規のノンコーディングRNAを見つけてその機能を調べている、でもin situはやったことが無いのでまた教えてください、はいはいもちろん、サルでもできるプロトコール、略してサルプロがありますから今度お送りしますよ、でも百聞は一見に如かずですから、ぜひ一度遊びにきてください、ではそうしましょうか、というようなことにあいなりました。当時(今でもそうですが)mRNAタイプのノンコーディングRNA研究はマイナーな分野で、一部の熱狂的なマニアの間でのみ絶大な人気を誇るVシネマの傍役みたいなものでしたから、同じ学問上の嗜好を持った人とオタクな話ができるのは大変貴重な機会でありました。そして半年ぐらいしてから、廣瀬さんとなぜか皆から御大と呼ばれるS々木さんが候補遺伝子を持って理研にこられ、一通りディスカッションして、世間話をして、じゃあin situしましょうか、と実験に移ろうとしたその時、ふと候補遺伝子の名前でPubmed検索してみたら、この論文がヒット。
なにこれ。もうin situの結果論文になってる、、、、
廣瀬さんが同定されていた候補遺伝子は実はMalat-1とMENε/βだったのですが、よりによって、まさにこの二つの遺伝子の細胞内局在を調べた論文が出ているではありませんか。しかもすでに格調高い名前がそれぞれの遺伝子につけられているのに、ニート1、ニート2と人を小馬鹿にしたような名前を付けなおして(綴りは例のあれとはちがうということを後から知りましたが)。
しかしここから廣瀬研の逆襲が始まります。
(つづく)
April 3, 2011
パラスペックルの話(1)
さて、領域代表の方からアナウンスがありましたが、国際RNA学会にあわせて第五回Tokyo RNA Clubが開かれます。若い人はTRCなどと略したりしているようですが、現RNA学会会長の塩見さんの声かけで始まったこの会、特に普段日常的に触れることのない海外の研究者との、とても良い個人的な交流の場となっている気がします。これまでは分子生物学会などのイベントにあわせて来日したゲストを中心に4、5人のトーク、という感じでしたが、今回は国際RNA学会に多くのゲストが来日していることもあり、まるまる一日の大イベント、ちょっとした国際会議の趣です。
具体的なプログラムはそのうちまたアナウンスがあると思いますが、非コードRNAの話が中心になりまして、7割は小さいRNA、3割は長鎖のRNA、に関わる話になりそうです。その長鎖のRNAのスピーカーの一人が、Archa Foxさん。現在西オーストラリア大学でご夫婦でそれぞれラボを持っておられて(こういう例は海外に多いですよね。日本でももっと増えれば良いのにと思います)、旦那さんはBondさんという結晶学者です。そう、Foxさんは女性なのですね。某A光さんは身長180センチぐらいの筋骨たくましいひげモジャラのおじさんを想像していたらしいですが、そんなことはありません。まだまだ若い気さくなおねえちゃんであります。
Foxさんの名前は核内構造体の業界の人なら知る人ぞ知る、パラスペックルの発見者です(仕事ぶりから筋骨たくましい姿を想像されていたのでしょうか、、、)。彼女がイギリスはダンディー大学のAngus Lamondさんのラボでポスドクをしていた時、プロテオミクスで見つけてきたタンパク質のいくつかが核内で特徴的なFociを作ることを見いだし、それらがスプライシング因子が集積する核スペックルの近傍にあることから、「パラスペックル」という名前を付けました。
その後、このパラスペックルに高度にイノシン化されたRNAが係留されていること、MENε/βもしくはNEAT1と名付けられた長鎖ノンコーディングRNAがパラスペックルに局在することなどが次々と明らかとなって、この構造体が「何かしているのではないか」という雰囲気が高まってきました。さらには産総研の廣瀬さんらの研究を皮切りにMENε/βがパラスペックルの構造体を作るために必須であるという論文が4連発で発表されるに至り、
Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Feb 24;106(8):2525-30.
Genome Res. 2009 Mar;19(3):347-59.
Mol Cell. 2009 Mar 27;33(6):717-26.
Mol Cell. 2009 Aug 28;35(4):467-78.
今ではすっかり核内構造体の主要メンバーの一つである感があります。
しかしこのパラスペックル、いったい何をしているのでしょう?(つづく)
中川
February 27, 2011
論文を書くということ
影山さんが論文書きの話題を提供されていましたので、常々思っていたことを少し。
研究者が自分の活動を対外的に発表する手段は学会発表であったり特許であったり、一昔であればモノローグの本を出版したりと色々あるわけですが、現在の一般的な理系の研究者の場合、論文を発表することが最も重要なサイエンティフィックな活動であるというのは論を待たないところでしょう。昨今では広く社会に向けて情報を発信することも重視されるようにはなりましたが、少なくとも研究者同士がお互いを評価する場合、ほぼ論文のみが唯一無二の評価基準と言って良いと思います。学会発表で正面から罵倒されることは滅多にありませんが、論文のピアレビューは匿名制度であることも手伝いまあそれは容赦ありません。何もそこまで意地悪にならなくてもと、相手が特定できたら藁人形に釘を打ったろうかと思うこともありますが、それも裏返してみれば研究者が論文をそれだけ重要視しているということに他なりません。
ところがこの論文を書くという作業、なかなか敷居が高いわけです。特に言葉の壁も手伝って、一生書かずに済むのであればそうしたい、という若い研究者の人、特に学生さんなどはそう思っている人も多いのではないでしょうか。少なくとも僕自身は大学院生の時、論文を「出したい」とは思っていましたが、論文を仕上げるために死にものぐるいで実験してデーターを出して図を作ってという作業には何の苦痛も感じませんでしたが、論文を自分が「書く」ものと思ったことは、ただの一度もありませんでした。学生は実験をするもの。指導教官が論文を書くもの。そういった「常識」を自分の頭の中で勝手に作り上げて、それをまた何の疑問もなく受け入れていたわけです。
もし研究者としてメシを長く食っていこうとするのであれば、いつかは論文を書けるようにならなければならないわけですが、一体いつになったら論文を「書ける」ようになるのでしょう?ポスドクになって最初に出くわす悩みは、この論文に関する不安なのではないかと思います。中には例外的な人がいて院生時代から鼻息荒くガンガン論文を書きまくっている人もいるのでしょうが、普通はとりあえずそこに関しては思考を停止して、目の前の実験に没頭する人の方が圧倒的に多いのではないかと思います。そこで世の中には論文の書き方なり、英語の書き方なりを懇切丁寧に説明した指南書が数多く出回っているわけですが、なかなかそういう本を読んでいても、論文を「書ける」ようにはならないような気がします。では一体何がきっかけで、どのようにして論文を「書ける」ようになるのでしょうか。
僕自身、論文書きを語るほど多くの論文を書いてきてはいませんし、上手な書き方が出来るわけでもありませんが、ただ一つ自分の中ではっきりしているのは、論文というのものは「書ける」ようになるもの、ではなくて、「書きたく」なるものだということです。とにかく書きたい、書きたい、という強い気持ちが強く出てきて初めて論文になる。「書きたい」と思わないうちは、その仕事は自分の中で本当に真剣にやりたい仕事ではない、と言うこともできるかもしれません。自分が思いついた研究テーマに取り組み、そこで思ったような結果が出てくれば、論文を「書きたい!」と、強烈に思うのが研究者としての性でしょう。心の叫びですね。今、もし学生さんやポスドクになりたてで自分で論文が書けるかなあ、と不安に思っている人がもしいるのでしたら、全く不安に思うことはないと思います。言葉を覚えたての乳幼児の向上心たるやすごいもので、あれは話したくて話したくてしょうがないからとにかく真似をして思いを伝えようとするわけです。「たかいたかいしてー」が「かたいかたいしてー」でも意味は通じるわけです。論文もどうしても書きたいと思ったら、同じような内容を表現しているセンテンスをいろんな論文からコピーペーストしてつなぎ合わせてゆけば、少なくともこちらの情熱が伝わる論文にはなるでしょう。
論文が「書けない」ことに対する治療薬はいっぱいあります。しかしながら、論文を「書きたくならない」事に対する処方箋はありません。恋をしたことが無い人に恋を教えるようなものですから。
中川
January 20, 2011
RNA学会会長のメッセージ
中川
ーー
巻頭言 「創造性、個別性、国際性、女性」
「知ること、発見すること、それを感動をもって知らせることは科学、芸術に共通した喜び。書かなければ発見したことになりません」というメッセージを残して昨年逝ってしまわれた多田富雄の『落葉隻語-ことばのかたみ』(青土社2010)の中に、石坂公成の言葉として以下のよう なことが語られています。
独創的な研究とは「誰もやらない研究」ではない。競争の激しい一流の主題は、それが万人にと って大切だからこそ人が集まるというものである。それを避けて競争の少ない主題に逃げると、 一生、落ち穂拾いのような研究しかできない。競争の激しいところに勇気をもって参加するアグレッシブさをもたなければならない。さらに、実験をやるときは、必ずうまく行くと思ってやれ。 どうなるかわからないと自分があやふやに思っていてはうまく行くはずがない。そして、最後は実験をやっているマウスを睨みつけろ。
また、同じ本の中で、多田は、独創性とは個人の顔が見えること、つまり、やり方がどこか他の人とは違うという個別性を生み出すことである、と言っています。さて、近年、新しい解析技術が次々に開発されてきています。次世代シーケンサーを含むこれら新しい技術は使わないと損です。新しい技術を使わないと新しい発見も新しいアイデアも出てきません。でも、ここで問われるのは、あなたならどのようにそれら新技術を使いますか?あなたの顔がみえるカタチでこれら新技術を使うことができますか?
独創的な研究を進めて行くためには、国際的であるということも重要な要素です。国際的であることとは、おそらく、自分の考えを言葉で伝える情熱をもつことだと思います。
「そこの中堅研究者、苦みばしった無口な高倉健のフリをしてる場合じゃないよ、国際社会にお いては、何も考えていない単なる馬鹿にみられますよ」 「ラボでiPodをイヤフォンで聞いている君、背中から“相互作用拒否”光線が出てますよ」
言葉が足りなくても判ってもらえると思うのは俳句文化に浸る日本人の考え方です。一流の国際的な研究者の多くはとてもおしゃべりです。私の好きな英単語に“obnoxious”というのがあります。 特に、若い人はおしゃべりでヤンチャで行儀が悪く生意気でobnoxious/‘イヤなヤツ’な存在(その上で可愛げがあると尚良い)になることが国際的であることへの具体的な近道であると思います。この6月に開催されるRNA2011Kyoto Meetingで試してみましょう。伝えようとする情熱があれば、そして「言葉を尽くさなくても、話し相手は含意とか言外の意味だとか行間だとかを讀み解いてくれるはず、だって彼らはPh.D.だもん」なんて丸投げの甘い考え方を放棄すれば、(ぎこちない英語で表現された)あなたの存在は国際的なものになるはずです。そして、さらに国際的になるための自己トレーニングとして、海外にどんどん出て行きましょう。
国際化を考えた場合、極めて重要なことは女性の活用です。民族の文化や伝統(よくしゃべる男より無口で静かな男になることを強要される文化とか)が色濃く染み付いている男性達に比べ、一般に女性は既に国際的です。たとえば、会話を楽しむことを知っています。
「そこの“女性”(“女流”?)研究者、そこのあなた、いつ定職を得られるかわからないこんな業界 ヤッテラレナイヨとか、ヤッパリ安定が一番さっさと就職しよーかなとか、30すぎてポスドクは きついとか、現在1万8千人もいると言われているポスドクの中から女神が私に微笑みかけると思えるほどノー天気じゃないしとか、それに見渡してみても全日本RNA業界には女性教授はほとんどいないし(1人?)とか、さらには、私のサポートで夫と子供が仕事と勉強に打ち込めればそれはそれで良い人生かもとか、そんなことを思い始めていませんか、降りることを考えていませんか」
「Don’t make assumptions about what your capabilities are. Just try it and see how it goes」(Joan Brugge, JCB 189:922-923, 2010) 「女性研究者が働くための理想的な環境整備をグズグズ待っていたら、すぐ年とっちゃうよ」 「あの旦那より君の方がよっぽど優秀じゃん、夫のサポートで思い切り仕事に打ち込める妻というのになったら、その方が収入も多いと思うよ」
パートナー(夫等)やボスや同僚、そして親やご近所や役所を「うまく使う(こき使う)方法」を見つけましょう。思い切ってobnoxious な存在になって、とにかく、一つずつ、試してみましょう。そして、降りずに踏みとどまる良い「やり方」を見つけてください。この研究はあなたでなければできないという必然性と個別性、そして(天からの)「要請の声」と「小さな頃からの夢」があるはずです。あなたが自己中心的に『要請の声』に反応し『夢』を追求することが、そして、あなたが降りないことが、ひいては日本の RNA および科学全般の発展と国際化の促進に必ずつながります。
2011年1月 塩見春彦
January 14, 2011
ああ海外
しかるに今は、だいぶ道も整備され、国内で働くというのも悪くはないという状況になってきています。ポスドクというポジションが出現し、最先端の機器も海外に引けを取らない、むしろ多くの場合国内の方が充実しているでしょう。実際、国内一本で素晴らしい研究経過を出し続けている中堅・若手の研究者の割合はどんどん増えているかもしれません。海外経験のない人が増えることはあまり好ましくはないと思いますが、それは海外に行かないのが悪いのではなくて、自分の新しい可能性を探そうとしないのが悪い、それ以上でもそれ以下ではないという気がします。どんなに手入れをしていても施肥をしようとも、毎年毎年同じところで同じ野菜を作っていると、同じようにやっているのにトラブルが頻発します。連作障害ですね。同じような生活スタイルでずっといると、ほめられたことではない悪習にももっともらしい理由をつけて、正当化することだけ、上手になりますし。喫煙者がタバコをやめ無い理由を地球を三周するぐらい用意しているのに似ています。また、これは大いに反省すべき事なのだと思いますが、僕自身海外に行こうと思った一つの理由は、海外の成果を引っさげて颯爽とBP1講義室でセミナーをする先輩方が格好良かった、ということです。もし、今の時代に海外に行こうという人が激減した、というのならば、その少し前に海外に出て行った僕らの世代がイマイチ格好良くなかった、ということに尽きるでしょう。
海外に行って良かったことは、海外で生活したことのある自分を知っている、ことです。そうでなければものすごく退屈だったかもしれない人生がある時を境に突然動き出す、そういった機会というのは普通では滅多に訪れるものではありませんが、生活環境をガラリと変えると、意外と普通に訪れるものです。事実は小説より奇なり。海外に限らず、国内でも県内でも市内でもラボ内でも良いから、自分を解放できる「旅先」に飛び出しましょう!
中川
January 6, 2011
2011年はどんな年?
December 12, 2010
BMB2010
ところで、この化け物のように大きい分子生物学会というシロモノ、毎年毎年どの会場に行ったもんだか非常に迷います。興味を共有している人たちの輪の中に入っていた方が心地よいのは間違いないのでやはり一番自分の仕事に近いセッションを聞きに行きたくなりますが、RNA学会という機会もあるわけですし、わざわざパリやニューヨークに行っておでん屋に入るようなことをしなくても、という気がしなくもありません。さてそうなるとせっかくの機会だからとお隣さんの会場を覗いてみたくなるのですが、大変勉強になるときもあれば、ああくるんじゃなかったと、思うときもあります。ある程度こちらに予備知識が無いとトークには全くついて行けないわけで、そうなると何をこの人達はこんなに熱くなって議論しているのだろう?と、どっちにどう失礼なのか良く分かりませんが国会中継を見ているような気分になってきます。ただ、無理をしてでも自分の中の引き出しを増やしてゆく努力を続けていかないと袋小路に入ってしまったときに出られなくなりますし、これだけ多様な分野のセッションが一同に集まっている分子生物学会という場所は近くて遠いちょっと畑違いの研究分野を勉強するまたとない機会を提供してくれているのは間違いありません。
とはいえ、今や数千人が集まる一大イベントである分子生物学会も、その黎明期はこじんまりとした学会で、仲間内の情報交換の意味合いが強かったに違いありません。今の学会の姿はそれとは似て非なるもの。学会の目的や意義も大きく変わってしまったのでしょう。発生学会、RNA学会、細胞生物学会、生化学会、再生医療学会、眼科学会、潰瘍学会、ナノメディシン研究会、など、どっぷりつかっている学会、ちょっと覗いてみただけの学会、ピンポイントで参加した学会、いろいろありますが、X軸に学会の規模、Y軸に学会の英語化の度合いをとって分類すると、なかなか面白いです。はじめは小さい日本語オンリーの学会から始まって、小さいけれども英語を使用する学会に進んでゆくか、大きいけれども基本日本語の学会に進んでゆくか。進化系列上の最終地点はとても大きくて英語が公用語の学会、となるのでしょうが、国内ではまだそこまで行き着いた学会はないでしょう。恒星進化論によれば膨張を続けた星は自らの重力に耐えきれなくなって超新星爆発を起こすわけですが、分子生物学会はどういう方向にすすんでいくのでしょうか。また、いわゆる基礎研究系の場合、学会といえばイコール年会、というイメージが強いですが、そうでない集団もあることでしょう。それぞれの、学会なりの楽しみ方、いろいろあるようです。
中川
December 3, 2010
lncRNAのデーターベース
論文はこちらで、実際のサイトは、こちら。
ノンコーディングRNA関連のデーターベースとしてはNONCODEなどがありましたが、lncRNAdbは特に長鎖のノンコーディングRNAに特化したデーターベースです。論文はこの業界では知る人ぞ知る、オーストラリアのJohn Mattickラボからのものです。
この手のデーターベースはPubmedやBlastが白いご飯だとしたら梅干しかたくあん、といったところで、毎日食卓に上がるわけではないですが、なければないでさみしいものです。特に長鎖ノンコーディングRNAはクマムシなみに(失礼!)マイナーな分野ですから、こういったデーターベースを入り口に興味を持ってくれる人が増えることが何よりだと思います。エントリーされているのはたったの157遺伝子。ざっと眺めるだけで、この分野がなんとなく分かった気になるかもしれません。
中川
November 26, 2010
発表の前に、、、
この、アロンさんというかたは個人的に全く面識もありませんし、その輝かしい業績に関しても恥ずかしながら全く知る機会も無かったのですが、このホームページにある、発表のノウハウ、研究の進め方のノウハウ、に関するYoutubeやらMolCellに書かれたエッセイやらには、いたく心を動かされました。そもそも、大体、この手の説教、といいますかアドバイスというのは、研究者の多くがそうであるへそ曲がりな人間にとって、とうてい素直に受け入れられない物が多いのですが、そうだそうだ、全くその通りである!!と思ったのは、
「聴衆は、あなたが素晴らしいプレゼンをすることを期待しているのだから、心配することはなにもない」
という一節でした。
これは全くそうだと思います。見ていても痛々しいトークはこっそり席を外したくなりますし、席を外すのは失礼だと下手に我慢すれば、尻がむずがゆくなるだけです。発表者が言葉に詰まった瞬間心の中でガッツポーズをとる巨悪な聴衆も中にはいるのかもしれませんが、多くの人は、その逆でしょう。足を運んでわざわざ学会会場まで来ているのは、発表を楽しみたいからであって、批評・批判をしに行っているわけではありません。少し前にここでも話題になりましたが、質問というのもいってみれば「よっ!なりたや!!」みたいなもので、学会発表という一つのエンタテーメントを盛り上げるためのかけがえのない要素のような気がします。ある程度通にならないと声がけは難しいのかもしれませんが、、、
これから学会シーズンです。というか、分子生物学会シーズンです。発表する機会を与えられた幸運をかみしめながら、良き聞き手になり、良き話し手になりたいものです。この新学術の多くのメンバーが二日目のの午前中のセッション「ワークショップ:2W8 非コードRNA作用マシナリー:動作原理の分子基盤と生理機能」で発表します。ポートピアホテル本館の地下の会場のようです。冷やかし歓迎!?
中川
November 14, 2010
踏み込み不足の是非
なんて馬鹿な物まねを書いている暇があればすこしでも実験を、、、という気もしますが、業界ネタで少し。
衝撃的な論文というのは、今日び進展の早いサイエンスの世界にいれば2,3年に一回は目にするのが普通であるとは思いますが、実際のところ、いわゆるサーキュレーションの良い有名な雑誌には、毎週の様に大規模な地殻変動が起きてもおかしくない論文が目白押しで載っています。そのインフレぶりは、数年後に日本が破滅することを、知りうる限りここ二十年以上毎週予想しているマスコミのレベルに近づきつつある感もありますが、はたしてその噂の真相は?
先日ラボの論文輪読会でも取り上げられた論文と、JSTさきがけのRNAと生体機能のアドバイザー、5'キャップの発見者の古市先生が風呂場でひっくり返られた(?)論文のリンクを貼っておきます。
http://www.nature.com/nature/journal/v467/n7319/full/nature09465.html
http://genome.cshlp.org/lookup/doi/10.1101/gr.112128.110
前者は、piRNA、すなわちレトロトランスポゾン由来の低分子RNAで生殖細胞におけるゲノムのメチル化等に関わっているRNAが、体細胞では実はmRNAの分解(しかもpoly-A鎖を短くする作用マシナリーによる分解)に関わっているという話、後者は、ゲノムから読まれたRNAが切断を受け、再キャッピングされているという話、です。これら、どちらも、一目ビックリの話です。細かい内容はオリジナルの論文を見ていただきたいのですが、一つ強調しても良いと思うのは、基本的に分子生物学の実験で対象にしている事象は、実際に目で見たわけではない、その「可視化」の仕方次第で、もしくはその解釈次第で、右は左になり、白は黒になるということです。
ヒストンH3K27がメチル化したから、、、(おまえほんとに見たんかい!)
5'にキャップがついたから、、、(見たんかい!)
3'が切断を受けたから、、、(見たんかい!)
RNAが困っているから、、、(話したんかい!)
とこれまた妖しくなってきましたが、この、見てきたわけでもないのに見てきたようにしてストーリーを組み立てなくてはならないということを、強く、認識する必要はあると思います。
であるから、巷にあふれている解釈はどうもウサン臭い、などということを言うつもりは毛頭無く、むしろ逆で、強調したいのは、見えない物を見るときの方法論と言いますか、既存の手法を使うにしても、新しい技術を駆使するにしても、目で見えないものをいかにして解釈可能な土俵まで引っ張ってくるか、そこに研究の面白さなり醍醐味がある、ということです。半世紀前の人は、塩基配列、遺伝子の配列を「目に」見えるようにしてくれました。当新学術領域で研究に携わっている我々は、一体何を見えるように、何を解釈可能にしようとしているのでしょう?昨今の様々な不祥事のあおりで、こういう風に解釈しよう、こういう観点で実験をしてみよう、という踏み込みが、慎重な意見を言えばなんとなくインテリ(死語?)っぽい、という受けの一手に押さえこまれているような気もします。細胞は嘘をつきませんから、思いっきり踏み込んだ失礼な質問をどんどん実験でぶつけていけば良いのだと思います。突撃アナウンサーになったつもりで。火のないところに噂は立たぬか。人の噂も75日か。それはデーターがすぐに証明してくれますから。
中川
October 18, 2010
Xist研究の舞台裏(3)
話が横道にそれてしまいました。Xistに話を戻します。Xistはメス由来の細胞でX染色体を不活性化しているわけですが、この不活性化は発生初期の特定の時期にしか起きません。通常の培養細胞でXistを発現させてやっても、Xistは染色体に貼り付くことは出来るものの、不活性化を誘導することは出来ません。そこで、Xistの不活性化活性についての研究には、ES細胞の分化の系が使われています。つまり、メス由来のES細胞を分化誘導すると、初期発生で起きるX染色体の不活性化のプログラムが再現されるので、そこでいろいろアッセイが組める、というわけです。ところが、この実験がちっとも再現出来ない。論文では分化を誘導すると綺麗なX染色体が形成されているのですが、手持ちのES細胞を分化させても、うんともすんとも言わない。世界中でこの系が使われているわけですから、こちらの実験系に問題があるのは一目瞭然です。学生さんのYHさんは別の細胞を取り寄せたり培養条件を変えたり色々工夫してくれたのですが、せいぜいX染色体の不活性化が起きる割合は0.1%。これでは実験になりません。僕に出来るのはそっと部屋の片隅に塩をまくぐらいでしたが、当然ながら何の効果もありません。
そうこうしているうちにひと月が過ぎ、ふた月が過ぎ、季節は暑い夏から秋、そしていつの間にか分子生物学会を迎える季節になってしまいました。うーん、このプロジェクト、最初ですべての運を使い果たしたんかなあ、などと血を吐きながら実験をしている学生さんが聞いたら激怒しそうな軽口をたたいていた僕もさすがに焦ってきたころ、この学術領域の計画班にも入っておられる佐渡さんから「でしょー。ES細胞で不活性化Xなんて出来ないよねー。でもあいつら出来るっていってんだよねー。」という力強いコメントをもらいました。そうか、そうなのか。でもどうする。すると、「上手くいくっていってる細胞もらったら?オレ持ってないけど。」と、あっさり言われまして、何でそこに頭が行かなかったのだろうと、自分の頭ペンペンしたくなりました。Germ lineにまで落ちるといわれているES細胞を使ってるのだから、細胞は大丈夫、という発想が最初にあって、そこを疑うという発想が全くなかったわけです。考えてみれば、実験がどうしても上手くいかなかったら、細胞を疑え、これ鉄則です。
というわけで、論文でしか名前を知らなかったのですが、当時Xist関連の仕事を連発しておられたJeannie Leeさんに、酔った勢いで「どうやってもうまくいかないんです。うまくいく細胞(PGK 12.1)ください。助けて。おねがい。」とメールしたら、一時間も経たないうちに、「あらその細胞私のとこにはないわ。ニールが持ってるの。間違えちゃったのね。転送しておくわ、じゃね。」と、とても親切な返事が、、、ふつう依頼先を間違えるか!アホアホアホと自分の勘違いに顔から火が吹きましたが、気を取り直して、Neil Brockdorffさんに再依頼。無事細胞を送ってもらえることになりました。この細胞を使ってみたところが、あれほど作れなかった不活性化X染色体がピカピカに出来ているではありませんか。おお、Neil。まさに神。この9ヶ月は何だったのだろう、と思うと同時に、やはり実験系を「作る」ということの難しさ・大切さをしみじみと感じました。最初に系を作った人は、無条件に凄いと思います。ともすると、こういうことは忘れがちであるのですが。
そのほかにもいろいろエピソードはあるのですが、長くなるのでこのあたりでやめておきます。ちなみに、例のライブラリー、他にも当たりがあるかとYHさんは残りのすべてを丁寧に見てくれたのですが、結局Xistが散るのはhnRNP U、たった一つでした。一発ツモで親マンひいたみたいなもんですから、そうそう幸運が続くわけもありません。とはいえ、実は他にもいろいろ面白い事が分かってきまして、続きは後日。この新学術が続いているうちにまた論文にまとめられればよいのですが。。。
中川
October 14, 2010
Xist研究の舞台裏(2)
一発ツモ。
例えて言うならば、チベットの秘境にあると言われる幻の草本を探しに出かけようと万全の装備で出発したところが、目的の宝物が玄関先に転がっていた、みたいなものです。「人はラッキーと言うけれども、、、」というテーマでRNA若手の会で塩見(春)さんが講演をされていましたが、強靱な意志に裏打ちされた塩見さんの場合と違い、この場合ただ単にラッキーだったわけです。
とはいえ、hnRNPUをノックダウンするとXistが染色体からはがれる、というところまでは良かったのですが、このあと思わぬ苦労をすることになりました(続く)。