January 27, 2011

線虫 C. elegans と non-coding RNA 研究について(3)

さていよいよこのシリーズも最後。田原さんご自身の研究のご紹介です。「線虫を用いた生化学」とかさらっと読み流してしまいそうですが、最初にそれを立ち上げるのにはいかなる苦労があったのか、行間から読み取って下さい。線虫と言えば遺伝学ですから。吉良邸に討ち入るぐらいの覚悟がないと、こういう「奇妙な組み合わせ」はうまくいかないのですよね。多くの場合。

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 私が研究している RNAi (RNA interference) 現象も、線虫で発見されたものである。線虫の初期発生において非対称分裂が正常に生じない par 変異体の原因遺伝子をクローニングするために Kemphues のグループが行った実験が、RNAi 現象が認識されるきっかけとなったと言える。par 変異が位置する染色体領域に対応する複数の遺伝子クローンから RNA を in vitro 合成して個体にマイクロインジェクションし、RNA 導入による発現阻害が par 表現型をコピーする遺伝子を探す実験を彼等は行った。不思議なことに、アンチセンス RNA のみならず、センス RNA を注入しても標的遺伝子の発現阻害が起こることが報告された。同様の実験手法を mom 遺伝子群の解析に用いた Mello および Priess のグループらは、古典的なアンチセンス RNA の作用モデルと区別する意味を含めて、線虫に外来 RNA を注入した場合に生じる遺伝子発現の阻害を RNAi と呼ぶことにした。そして Fire と Mello らは、1 本鎖であるアンチセンス RNA やセンス RNA よりも 2 本鎖 RNA (dsRNA) を注入する方が RNAi を生じさせる上で効果的であることを発見した。線虫の研究をヒントにした結果、様々な真核生物において dsRNA が遺伝子発現の阻害に有効であることが示されてきている訳である。
 引き続いて RNAi の反応機構を遺伝学的に解析するために、RNAi 活性を欠損した線虫変異体 rde (RNAi deficient) のスクリーニングが行われ、動物において RNAi に関与する因子として初めて見つかった rde-1 遺伝子及びその他複数の遺伝子が同定されてきた。ちなみに、rde-1 遺伝子は Argoanute 蛋白の一つをコードしていた。しばらくして、植物の RNA サイレンシングにおける中間産物として small interfering RNA (siRNA) が発見され、加えてショウジョウバエや哺乳類細胞由来の細胞抽出液を用いて RNAi 反応を in vitro で再現して解析する無細胞反応系が開発されて研究が進展した結果、RNAi の反応機構においては siRNA が重要な役割を果たしていることが分かってきた。ハエ等を用いた生化学的解析によって示されたのは 2 つの鍵となる反応である。まず最初に、導入された dsRNA は Dicer の RNase III 活性によって 5' 末端にモノ燐酸を持ち 3' 末端が突出している 2 本鎖 siRNA (初期型) へと断片化される。引き続いて、siRNA はエンドヌクレアーゼ活性を持つ Argonaute 蛋白と一緒に RNA-induced silencing complex (RISC) と呼ばれる複合体を形成し、RISC は標的 mRNA を配列特異的に認識して切断する (Slicer 活性)。
 筆者は RNAi の研究を線虫の RNAi 欠損変異体の単離という遺伝学的なアプローチから始めたが、遺伝学だけでは RNAi の機構における反応の流れが理解しづらいという印象を抱いた。そこで、RNAi 反応における酵素活性を生化学的に解析するための無細胞反応系を線虫においても独自に開発し、生化学と遺伝学を組み合わせた総合的な解析を行うアプローチを取ることにした。加えて、RNAi における第三の鍵と言えるサイレンシングシグナルの増幅を担う RNA 依存性 RNA ポリメラーゼ (RdRP) の活性を生化学的に解析したいと考えた。線虫の RNAi においては、トリガーである長い 2 本鎖 RNA から 5' 末端にモノ燐酸を持つ初期型 siRNA が Dicer によって産生され、さらに標的 mRNA を鋳型として 5' 末端にトリ燐酸を持つ二次型 siRNA が RNA 依存性 RNA ポリメラーゼによって産生される。線虫の細胞抽出液を用いて構築した無細胞反応系を利用した研究により、RdRP 複合体は Dicer 非依存的に二次型に対応するトリ燐酸化 siRNA を合成する活性を持つこと、加えて二次型のトリ燐酸化 siRNA が初期型のモノ燐酸化 siRNA よりも遥かに強力に標的 mRNA を切断する Slicer 活性を誘導すること、トリ燐酸化 siRNA によって誘導される Slicer 活性を担う因子は Argonaute 蛋白の一つである CSR-1 であることを筆者らは示した。C. elegans においては生化学的な研究があまりなされていないことから生化学的な研究には向いていないと考える研究者もいるが、系が出来上がった後での話ではあるが線虫の細胞抽出液で構築した RNAi の無細胞解析系は上手く動く。C. elegans は生化学的な解析に不向きな生物では全くないと筆者は思うが、付随する実験で時として必要とされるリコンビナント蛋白の作製は他生物の蛋白よりも明らかに難しいことも事実である。おそらく、室温よりも高い温度(つまり構造が壊れ易い状態)においても正確にフォールディングできるようになっている幾つかの他生物の蛋白に比べると、比較的低温で増殖する C. elegans の蛋白は一般にフォールディング能力が弱いのもしれない。ともあれ結果的に、外来性の dsRNA によって誘導される RNAi の線虫における反応機構の概略を記述できたのではないかと考えている。しかしながら、線虫と他生物における RNAi 反応機構は類似した蛋白因子を用いているが、RNA の流れについてはかなりの違いが見受けられることも、自身および他グループの研究によって分かってきた。他生物と保存性の非常に高い機構が浮かび上がってくることを期待していたことから、少し残念に思っている。
 現在ところ筆者は、生化学的な研究から個体レベルの研究へ立ち戻って、生殖細胞に多い内在性小分子 RNA との相互作用を絡めつつ、他生物でも現象面で共通性の高い内在性の遺伝子発現調節機構の解明に挑戦しているところである。

January 24, 2011

線虫 C. elegans と non-coding RNA 研究について(2)

線虫エッセイ第二弾です。
線虫とRNAiというとMello&Fireの仕事が有名ですが、また、ずっと前に植物で分かっていたとかいう話も有名ですが、ヘテロクロニーがらみの話は発生屋の間では有名なものの、生化学的な話が中心となりがちなRNAの研究分野では意外と忘れられがち、、、なことはないでしょうか。以下、田原さんです。

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II. 線虫における non-coding RNA 研究について
 ところで、non-coding RNA やそれらの制御に関与する重要な蛋白ファミリーには、線虫を用いた遺伝学的研究によって最初に見つかったものが幾つか存在する。
 小分子 RNA の一種である micro RNA は、線虫のヘテロクロニックな発生異常変異体の解析から見つかったものである。多細胞生物の発生現象では、発生ステージに沿って個々のステージ特異的な性質を伴って組織および器官が発達してゆく。同じグループに属する近縁の生物は非常に類似した発生パターンを示すことが一般的であるのに対し、同じグループに属するにも関わらず例外的な生物種では幾つかの器官の発生タイミングが促進または遅滞していることがあり、その現象はヘテロクロニー(hetrochrony : 異時性)と呼ばれる。例えば、両生類のアメリカサンショウウオは幼生期にはエラを持ち、変態に伴ってエラを失って成体では肺を持つことが一般的である。しかしながら、ある種のアメリカサンショウウオはエラを持ったまま成体になるというヘテロクロニーを示し、変態を進める遺伝子制御が正常に働いていないことが推測される。
 C. elegans は孵化後に、1 齢幼虫 (L1) から脱皮を繰り返して 2, 3, 4 齢幼虫 (L2, L3, L4) そして成虫へと発生していく。上皮細胞に着目すると、ステージ毎に特有な細胞増殖パターンを示しつつ発生が進み、各ステージに特異的なコラーゲン遺伝子等の発現も確認される。つまり、上皮細胞の性質は L1 から L4 そして成虫期の各ステージで厳密に区別されていると考えられる。線虫においては、上皮細胞におけるステージ特異的性質の出現順序が乱れている(つまりヘテロクロニックな)変異体が同定されてきており、原因遺伝子のクローニングもなされてきた。lin-14 は新規の核蛋白そして lin-28 は Y ボックスを持つ蛋白をコードしており、それらの正の活性は上皮細胞の L1 ステージ特異的な運命決定に必要である。興味深いことに、lin-14 と lin-28 の蛋白は L1 期だけに発現しているが mRNA は L1 期以降も転写されている。このような mRNA の転写と蛋白発現の差を制御する遺伝学的因子として、Ambros のグループ及び Ruvkun のグループは lin-4 変異体の原因遺伝子をクローニングした。その結果、lin-4 遺伝子はステージ特異的に発現する 21 塩基長のアンチセンス RNA をコードしていることが判明した。アンチセンス RNA である lin-4 は L2 期以降に発現し、lin-14 と lin-28 の mRNA の 3' 非翻訳領域に結合し不必要な時期の mRNA を不安定化するものと考えられる。発生におけるタイミングの制御に関わっているという意味で、lin-4の産物は small temporal RNA (stRNA) と名付けられた。lin-4 の成熟型 stRNA の大部分の塩基は標的 mRNA に対して相補的であるが、中央部に塩基対のミスマッチが確認される。又、lin-4 の 21 塩基長の成熟型 stRNA はヘアピン前駆体から切り出されて生じてくる。その後、様々な生物種において小分子 RNA の解析がなされた結果、ヘアピン状の RNA 前駆体から産生される小分子アンチセンス RNA が数多く同定され、lin-4 を含めて micro RNA と呼ばれるようになって盛んに研究されているのは御存知の通りである。

January 21, 2011

線虫 C. elegans と non-coding RNA 研究について(1)

これから3回にわたり、研究歴がそのまま線虫のRNAi研究の歴史という田原さんから渾身の研究紹介をしていただきます。歴史を知る人の言葉の重みを味わって下さい。

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田原浩昭 (筑波大学大学院・人間総合科学研究科)

 この場を借りて、筆者がモデル生物として用いている線虫 C. elegans と関連する non-coding RNA の研究について記してみたい。

I. モデル生物としての線虫について
 Caenorhabditis elegans は土壌線虫であり、小さな無脊椎動物である。1960年代の中旬ぐらいから Brenner らによって、行動や発生を遺伝学的に解析するためのモデル生物として用いられ始めた。私の出生年を考えると、C. elegans を用いた生物学的研究の歴史は、私の年齢とおおまかに同じぐらいということになる。
 線虫は眼も手足も持っていない生物であるが、上皮組織、神経系、筋肉、消化管、生殖細胞という多細胞動物として基本的な組織を持ち合わせている。成虫の体長は約1mmであり、卵の大きさは約50μmである。C. elegans の成虫における細胞数は生殖細胞を除くと約 1,000個存在し、多細胞生物としては細胞数が少ないという特徴を持っており、どの個体を見てもほぼ同じ細胞系譜を示しつつ発生が進行する。体の透明度が高く微分干渉顕微鏡によって生きたまま核の位置を観察できるという利点を生かして、Sulston らによって C. elegans の発生における全細胞系譜が記述されている。又、神経系については、White らによる連続切片の電子顕微鏡写真解析によって 302個の全ニューロンの形態やニューロン間の化学シナプスおよびギャップ結合が詳しく調べられており、線虫を用いた神経研究の基盤情報となっている。
 線虫の一般的な培養はアガープレート上で大腸菌を餌として常温で行われる。線虫のライフサイクルは多細胞動物としては短く、受精から孵化まで約半日間の胚発生を行い、孵化してから成虫になるまで更に約 3日間要する。線虫の利点の一つは幼虫を凍結保存できるという点であり、手持ちの多様な変異体の中で現在使用していない系統を培養し続ける必要は無い。又、餌が豊富な状態における寿命は 2週間弱であるが、飢餓状態になると耐性幼虫と呼ばれる代謝の落ちた特殊な発生ステージへ移行して数ヶ月は餌の無い状態で生存できることから、凍結せずに短期保管することも容易である。遺伝学的な研究用途の多細胞モデル動物の中では、C. elegans は培養における人的な負担が若干少ない生物であると言えるかもしれない。
 C. elegans を用いた研究の売りの一つは遺伝学的な解析ができることである。他種の線虫を含む多細胞動物の多くは一般的に雌とオスの交雑によって増殖するが、例外的に C. elegans の主要な性形式は雌雄同体であり自家受精で増殖する。自家受精で増殖するという特徴は非致死性の劣性変異の遺伝学的な単離を容易にしており、加えて低頻度で出現するオスを掛け合わせに用いることによって目的とする変異の遺伝学的なマッピングを行うことができる。C. elegans は体の大きさが比較的小さいことから、目的とする表現型を効率的に検出する系の開発しだいで、大規模な(つまり非常に多数の個体を使用した)遺伝学的スクリーニングが可能である。又、逆方向遺伝学による解析も盛んに行われている。一般的なアプローチは、紫外線や化学変異薬剤で処理した線虫集団を小分けしたライブラリーを作製し、そのライブラリーから目的の遺伝子に欠失が入った変異体を PCR によるシブセレクションで単離するという方法である。別の方法として、目的遺伝子の近傍にトランスポゾンの挿入を持つ系統が存在する場合に、トランスポゾンの切り出しによる二重鎖切断を利用した相同組み換え反応によって目的遺伝子を改変する技術も最近になって開発されているが、応用例は未だ少ない。
 ゲノムに目を向けると、C. elegans の 5対の常染色体 (I~V) そして 1対の性染色体 (X) を持っている。性別は X 染色体の本数によって規定されており、雌雄同体では XX であり、X 染色体が偶発的に脱落して X0 となった場合はオスになる。C. elegans はゲノムリソースが良く整備されており、多細胞生物の中で最初にゲノム配列が決定された生物である。染色体に沿ってコスミドや YAC のコンティグを並べていく整列クローンライブラリーが作製され、それらのクローンを材料として(次世代シークエンス技術以前の)蛍光シークエンサーを用いて配列解析が Waterston と Sulston らによる国際共同研究によってなされた。左記のゲノムプロジェクトと並走する形で、C. elegans の cDNA クローンを系統的に収集して分類する cDNA プロジェクトが行われており、ゲノムプロジェクトでは完全に予測できない mRNA 配列の厳密な決定、そして RNAi による遺伝子発現抑制や蛋白発現実験等へ活用されている。幾つかの cDNA プロジェクトが行われてきているが、最もメジャーなものは遺伝学研究所の小原グループのリソースである。
 又、目的とする遺伝子産物を詳しく調べる際に有用な技術の一つは遺伝子導入であり、幾つかの手法で形質転換線虫を作製することができる。話が長くなるので詳細は述べないことにするが、線虫のゲノムへ安定的に遺伝子導入する方法については迅速で簡便な方法は未だ存在せず、新しい手法の開発が求め続けられているように思う。知人と、自分達の手でなんとか良い方法を開発できないかと話し合っているところである。

January 20, 2011

RNA学会会長のメッセージ

海外留学の話題で盛り上がってきたところで、丁度タイムリーなRNA学会会長のメッセージが会報に載っています。このブログを読んでいる人がいるとしたらその人がRNA学会会員である確率は非常に高いとは思うのですが、あえてまたここに、再掲しておきたいと思います。この熱いメッセージを、あなたならどのように受け取りますか?学生さん、若手研究者、普通の研究者、既に功成り名を遂げた研究者、どんな人でもそれなりにもの思い、心動かされるのではないでしょうか、、、

中川

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巻頭言 「創造性、個別性、国際性、女性」

「知ること、発見すること、それを感動をもって知らせることは科学、芸術に共通した喜び。書かなければ発見したことになりません」というメッセージを残して昨年逝ってしまわれた多田富雄の『落葉隻語-ことばのかたみ』(青土社2010)の中に、石坂公成の言葉として以下のよう なことが語られています。

独創的な研究とは「誰もやらない研究」ではない。競争の激しい一流の主題は、それが万人にと って大切だからこそ人が集まるというものである。それを避けて競争の少ない主題に逃げると、 一生、落ち穂拾いのような研究しかできない。競争の激しいところに勇気をもって参加するアグレッシブさをもたなければならない。さらに、実験をやるときは、必ずうまく行くと思ってやれ。 どうなるかわからないと自分があやふやに思っていてはうまく行くはずがない。そして、最後は実験をやっているマウスを睨みつけろ。

また、同じ本の中で、多田は、独創性とは個人の顔が見えること、つまり、やり方がどこか他の人とは違うという個別性を生み出すことである、と言っています。さて、近年、新しい解析技術が次々に開発されてきています。次世代シーケンサーを含むこれら新しい技術は使わないと損です。新しい技術を使わないと新しい発見も新しいアイデアも出てきません。でも、ここで問われるのは、あなたならどのようにそれら新技術を使いますか?あなたの顔がみえるカタチでこれら新技術を使うことができますか?

独創的な研究を進めて行くためには、国際的であるということも重要な要素です。国際的であることとは、おそらく、自分の考えを言葉で伝える情熱をもつことだと思います。

「そこの中堅研究者、苦みばしった無口な高倉健のフリをしてる場合じゃないよ、国際社会にお いては、何も考えていない単なる馬鹿にみられますよ」 「ラボでiPodをイヤフォンで聞いている君、背中から“相互作用拒否”光線が出てますよ」

言葉が足りなくても判ってもらえると思うのは俳句文化に浸る日本人の考え方です。一流の国際的な研究者の多くはとてもおしゃべりです。私の好きな英単語に“obnoxious”というのがあります。 特に、若い人はおしゃべりでヤンチャで行儀が悪く生意気でobnoxious/‘イヤなヤツ’な存在(その上で可愛げがあると尚良い)になることが国際的であることへの具体的な近道であると思います。この6月に開催されるRNA2011Kyoto Meetingで試してみましょう。伝えようとする情熱があれば、そして「言葉を尽くさなくても、話し相手は含意とか言外の意味だとか行間だとかを讀み解いてくれるはず、だって彼らはPh.D.だもん」なんて丸投げの甘い考え方を放棄すれば、(ぎこちない英語で表現された)あなたの存在は国際的なものになるはずです。そして、さらに国際的になるための自己トレーニングとして、海外にどんどん出て行きましょう。

国際化を考えた場合、極めて重要なことは女性の活用です。民族の文化や伝統(よくしゃべる男より無口で静かな男になることを強要される文化とか)が色濃く染み付いている男性達に比べ、一般に女性は既に国際的です。たとえば、会話を楽しむことを知っています。

「そこの“女性”(“女流”?)研究者、そこのあなた、いつ定職を得られるかわからないこんな業界 ヤッテラレナイヨとか、ヤッパリ安定が一番さっさと就職しよーかなとか、30すぎてポスドクは きついとか、現在1万8千人もいると言われているポスドクの中から女神が私に微笑みかけると思えるほどノー天気じゃないしとか、それに見渡してみても全日本RNA業界には女性教授はほとんどいないし(1人?)とか、さらには、私のサポートで夫と子供が仕事と勉強に打ち込めればそれはそれで良い人生かもとか、そんなことを思い始めていませんか、降りることを考えていませんか」

「Don’t make assumptions about what your capabilities are. Just try it and see how it goes」(Joan Brugge, JCB 189:922-923, 2010) 「女性研究者が働くための理想的な環境整備をグズグズ待っていたら、すぐ年とっちゃうよ」 「あの旦那より君の方がよっぽど優秀じゃん、夫のサポートで思い切り仕事に打ち込める妻というのになったら、その方が収入も多いと思うよ」

パートナー(夫等)やボスや同僚、そして親やご近所や役所を「うまく使う(こき使う)方法」を見つけましょう。思い切ってobnoxious な存在になって、とにかく、一つずつ、試してみましょう。そして、降りずに踏みとどまる良い「やり方」を見つけてください。この研究はあなたでなければできないという必然性と個別性、そして(天からの)「要請の声」と「小さな頃からの夢」があるはずです。あなたが自己中心的に『要請の声』に反応し『夢』を追求することが、そして、あなたが降りないことが、ひいては日本の RNA および科学全般の発展と国際化の促進に必ずつながります。

2011年1月 塩見春彦

January 19, 2011

やはり海外

中川さん、泊さんから海外留学についてのお話がありましたので、もう一つ下の世代の意見として僕も一筆書かせていただこうと思います。

私は現在32歳で、おそらく海外留学人口の減少まっただ中の世代に当たります。減少傾向の理由については既にいろんな理由が挙げられていますが、そんな中で私は海外のラボで(半ば強迫観念にかられて)ポスドクをするという選択をしました。理由は二つあります。まず、私の身近な先輩方が学位取得後はみんな海外へ渡られていたということ。研究者を続けるなら当然海外経験は必須だと刷り込まれましたし、国内でのポスドクを選ぼうものなら裏切り者・臆病者のそしりを受けかねない雰囲気がありました。もう一つは、RNA学会等を通じて学生の間に帰国組の方々の圧倒的とも言うべきクオリティーを肌で感じることが出来たからです。中川さんが「格好いい先輩方」と表現をされていますが、僕にとっては「恐るべき先輩方」でした。
自分よりセンスも才能もある方々が海外で経験を積んでいるのに、ここで自分が海外に行かなければますます差が広がる一方じゃないか。動機としては消去法的で良くないのかもしれませんが、留学を終えた今、あながち間違ってはいなかったと感じています。

泊さん、中川さんの投稿で「留学せずとも国内で良い研究が出来る研究者が増えている」とありました。留学しないという選択の根拠として真っ先に挙げられるものの一つだと思いますが、これは正確ではありません。正しくは「留学せずとも国内で良い研究が出来る研究者が増えているが、そのような研究者は今なおほんの一握りに過ぎない」と言うべきでしょう。研究は世界中で日々進展しているわけで、日本で日常的に触れられるのはやはり世界の一部に過ぎません。国内での研究=世界での研究となるような独創的な研究が行える人は希有な存在で、大多数の人にとっては留学して価値観も背景も違う環境で苦しみながら自分のサイエンスを切り開く経験が大きな糧になります。またそうして初めて日本のサイエンスの現状を正確に捉え、お酒を飲みながら「これだから日本のサイエンスは」などと語る言葉にも説得力が出ると言うものです。「国内一本でも素晴らしい成果を挙げている人がいるんだから、自分も留学しなくても大丈夫」というのは、僕にしてみればよほど腕に自信がある人か、そうでなければ現実から目を背けた逃げ口上にさえ思えます。

もちろん海外留学のデメリットや個々人の事情もあるとは思いますが、研究者としての道を歩もうと決意した若い人たちには、期間の長短に関わらず一度は海外へ出ることを強くお勧めいたします。

神戸大学・三嶋

January 15, 2011

されど海外

中川さんから海外留学の話が出たので、僕も少し思うところを書いてみます。

実際、海外に出る若者が減ってきているというニュースはよく耳にします。先日、国際ヒューマンフロンティアサイエンスプログラム(HFSP)主催のミーティングがあり、そこでも日本からのポスドクフェローシップへの応募が減ってきていることが大きな話題(問題)になっていました。世界的には応募総数はどんどん増えているにも関わらず、です。HFSPは日本発案の制度の中では(珍しく?)国際的評価が非常に高いですが、一方で日本が半分近く出資していますから、このまま日本人の応募が減っていってしまうと、「事業仕分け」に引っかかるかもしれません。

一昔前に比べると日本の研究レベルも上がってきていますし、わざわざ海外に出て不便な思いをしなくても、というのは十分理解できます。また、「海外に行ったらみんな幸せになる」という訳でもないし、帰ってこれるという保証もない。家族・大切な人のこともある。海外留学しなくてもすばらしい研究を主導している先生も多くいるし、今やっている研究も面白い。国際学会に出て、いろんな人と話をする機会もあるし、英語も苦手なわけではないし、日本の研究室も留学生などがいて結構国際色豊かだし・・・ 確かに、海外に出る明らかなメリットというものは、どんどん少なくなってきているのかもしれません。

僕自身は、海外でポスドクをやって良かったことが多いですが、しんどかったことも色々ありますし、海外に出ることがすべてだとは思いません。ただ、今振り返ると、最も大きかったのは「自分の世界の中での立ち位置、自分と世界との関係」がそれなりにはっきりと見えたことだと思います。これは、純粋な研究面だけではなく、自分が日本人であるという意識を含めた価値観面の意味合いが強く、国際学会に出たり海外旅行したりするだけでは見えづらい部分(もちろん意識的に見ることは可能ですが)、むしろ海外に数年間住んで仕事をして初めて良く見えてくる部分だと思います。

研究、特に我々が対象にしているような研究は、自分一人で出来るものではありません。研究室内の、同じ分野の、そしてひいては世界中の様々な研究者との、時には協力しし時には競争しながらの切磋琢磨とコミュニケーションがあって、初めて成り立っているものです。そして、そこにこそ研究のもう一つの醍醐味があるのではないかと思います。

一度しかない人生、早いうちに「世界」を経験しておくことは、決して損にはならないと思います。


東大分生研・泊

January 14, 2011

ああ海外

武者修行、もう少し自信のある人ならば道場破り、になるのでしょうが、海外に留学に行く、というのは血圧の高そうな、鼻息の荒そうな人がするもの、というイメージがあるのではないでしょうか。ただ、実際のところ、少なくとも10年ちょっと前の状況は、武者修行というよりは出稼ぎという感覚が強かったような気がします。修士課程の春に種をまき、博士過程の夏に雑草と格闘し、そしてD3なりD4なりで実りの秋を迎える。はれて博士号取得の収穫祭が来るわけですが、移ろう季節は冬を迎え、耕す畑は無し。やることと言ったら雪下ろしぐらい。ここにいても仕事はネ、稼ぎに出ヨか、といったところでしょうか。出稼ぎ、という言葉に感じる印象は人によってそれぞれなのでしょうが、うら寂しい響きがあるのは否めませんが、都会への憧れ、華やかなるものへの憧れ、というものが、少しは含まれているような気もします。研究を続けたかったら一番の近道は留学だった。そういう時代が長いこと続いていたのだと思います。

しかるに今は、だいぶ道も整備され、国内で働くというのも悪くはないという状況になってきています。ポスドクというポジションが出現し、最先端の機器も海外に引けを取らない、むしろ多くの場合国内の方が充実しているでしょう。実際、国内一本で素晴らしい研究経過を出し続けている中堅・若手の研究者の割合はどんどん増えているかもしれません。海外経験のない人が増えることはあまり好ましくはないと思いますが、それは海外に行かないのが悪いのではなくて、自分の新しい可能性を探そうとしないのが悪い、それ以上でもそれ以下ではないという気がします。どんなに手入れをしていても施肥をしようとも、毎年毎年同じところで同じ野菜を作っていると、同じようにやっているのにトラブルが頻発します。連作障害ですね。同じような生活スタイルでずっといると、ほめられたことではない悪習にももっともらしい理由をつけて、正当化することだけ、上手になりますし。喫煙者がタバコをやめ無い理由を地球を三周するぐらい用意しているのに似ています。また、これは大いに反省すべき事なのだと思いますが、僕自身海外に行こうと思った一つの理由は、海外の成果を引っさげて颯爽とBP1講義室でセミナーをする先輩方が格好良かった、ということです。もし、今の時代に海外に行こうという人が激減した、というのならば、その少し前に海外に出て行った僕らの世代がイマイチ格好良くなかった、ということに尽きるでしょう。

海外に行って良かったことは、海外で生活したことのある自分を知っている、ことです。そうでなければものすごく退屈だったかもしれない人生がある時を境に突然動き出す、そういった機会というのは普通では滅多に訪れるものではありませんが、生活環境をガラリと変えると、意外と普通に訪れるものです。事実は小説より奇なり。海外に限らず、国内でも県内でも市内でもラボ内でも良いから、自分を解放できる「旅先」に飛び出しましょう!

中川