MENε/βのノックアウトマウス作製はかくしてスタートしたのですが、そのころ気になっていたのが廣瀬研から投稿されたパラスペックル論文の行方でした。なんでこんなにシンプルで分かりやすいメッセージなのに、とうぜん落ち着くべきところに落ち着かないのだろう、、、と、端から見ていても歯がゆいぐらいでした。確かに、とかく論文を出すというのは時間のかかるもので、これはパラスペックルとは全く別の話ですが、僕自身が遭遇してきた典型的な例で言えば、、、
2007/12/下旬 quick 5 hours rejection by Neuron&Nature neuroscience
(3ネンカケタ力作ガ、タッタノ5時間デ、リジェクトカイナ、、、)
2008/1/8 Dev Cell Submission
ありがと。目を通してみるわね。
2008/1/8 Editorial Decision
んー、おもしろいかもしれないけど、ちょっと実験たらないんじゃない。これを足したら考えてあげないわけじゃないけど、いまのままじゃ、だめね。じゃね。
2008/6/24 DevCell Pre-submission inquiry/submission
ふーん、実験追加したんだー(やんわりと断っていたのに、分かってないわねこの人たち)。ま、レビューには回してあげるわ。
2008/8/13 DevCell Decision
がんばったみたいだけど、やっぱり、あなたは私にふさわしくないって。この人が言ってるの。ごめんね。じゃ、またね。
(最初カラソノキハナカッタナ、、、)
2008/8/26 Development submission
確かに受領しました。
2008/10/29 Development interim decision
レビュー完了です。一人が猛烈に反対しています。彼を納得させてください。
2008/1/20 Development revision submission
確かに受領しました。
2009/2/18 Development interim decision
レビュー完了です。一人がまだ猛烈に反対しています。彼を納得させてください。
2009/2/23 Development re-revision submission
確かに受領しました。
2009/3/24 Development Decision
良い知らせです。おめでとうございます。
一人はまだ何か言っていますが。。。
これぐらいでうまく行けば良いのですが、ものによっては3、4年漂流して、とっくに適齢期を過ぎてしまうものもあります。ただし、なんやかんや言って、こうやってレフリーの意見を取り入れてゆくうちに、論文の完成度自体はどんどん上がってゆくという実感はあります。学位取得を目指す学生さんや、留学前に仕事を完成させたいポスドクの方からすれば気が気で無いところはあるでしょうが、いわゆるピア・レビューはさすがに同業者だけあって、怠けたところには突っ込みが入りますし、このまま出したらヤバそうなところには、そういう警鐘をきちんとならしてくれます。ですので、個人的には投稿後2、3ヶ月待たされたり、実験を追加しているうちに下の子が生まれたり、そのうちもう一人下の子が生まれたり、しているわけですが、どんなに時間がかかっても形にさえなれば別に良いかな、と思っていました。しかるに、2009年のパラスペックル論文。廣瀬研の論文が、一年ぐらいいろいろ回って、追加実験ばんばん要求されて、それでやっとこさ受理された瞬間、なんでひと月も開けずにぼこぼこ他のラボから論文が出てくるのかな、と、かなり釈然としない思いをしたのを良く覚えています。世の中にはインパクトファクターとかいう鼻クソみたいなものがありますが、後から出てきた論文ほどこの鼻クソファクターが高い雑誌に掲載されるのも不思議なことです。とはいえ、あくまでも時代の中で我々は生きている訳ですから、その時代が生み出そうとしている発見というものがあるとするならば、そういうものに複数の人間が同時に関わることになるというのは、別段不思議なことではないのかもしれません。
ともあれ、こういうことがあると、気分が引き締まります。仮想敵国ができると人々は燃えて団結して盛り上がって幸せになる、というのは、冷静時代のアメリカ映画を見ていても明らかです。居もしないライバルを頭に描いて猛然とピペットマンを手に96 plateに立ち向かう。頭の中で流れているBGMはインディ・ジョーンズ。2008年の3月にベクター作りを開始して約半年。神戸のCDBの超速!ノックアウトマウスシステムに乗っかって、2008年8月、待望のキメラマウスが和光の理研にやってきました。
(いつ終わるか分からなくなってきてしまいましたが、もう開き直って、あと2、3回投稿します。が、割り込み歓迎ですので。。。だれか止めてー!という状態とはこのようなことを言うのでしょうか)
April 29, 2011
April 23, 2011
パラスペックルの話(4)
だいぶ話がそれてしまいましたが、パラスペックルの機能解析の続きです。
in situ hybridizationによって目的遺伝子の細胞内局在を調べようとした矢先にそのパターンを報告した論文が出たーーーなどということがあると僕などショックのあまり2、3日寝込んでしまいますが、廣瀬研の人々は意に介さず、という感じで、すごい精神力だなあと思っていたのですが、それはやはり「機能解析」の難しさをご存知だったからなのでしょう。
核内ノンコーディングRNAは、一般的によく使われるsiRNAによるノックダウンが非常に効きにくく(RNAiのエフェクター複合体はほとんど細胞質にあるため)、一工夫が必要となります。ここで登場するのがRNAseHという、DNA:RNAハイブリッドのRNAを特異的に分解する酵素です。DNA複製の際に、いわゆる岡崎フラグメントを合成するためにプライマーゼ一によってRNAが作られる訳ですが、それらを除去するために核内には内在のRNAseHが非常に豊富に存在しています。そこで、ターゲットのRNAに対してアンチセンス配列を持つDNAオリゴを導入してやれば、内在RNAseH活性によって目的のRNAが速やかに分解されるわけです。このトリックを聞いたときには思わずひっくり返るぐらいびっくりして、世の中には賢いことを考えるヒトがいるのだなあとしきりに感心したのですが、スマートなRNA業界の方にとっては比較的なじみのある手法だそうです。
しかしここでまた一つ問題があって、例えばカエルのOocyteのように核に直接インジェクションできるような場合は非常に効率よくDNAオリゴを目的の場所である核内に届けることができる訳ですが、通常のリポフェクションなどの方法で導入した場合、そのほとんどが細胞質にたまってしまって、なかなか核内まで届きません。
廣瀬研で当時開発されつつあった必殺技は、オリゴDNAをいわゆるヌクレオフェクションという、エレクトロポレーションの改善版の方法で導入すると、はいるはいる、核にいきまくる、というものでした。もちろん、普通のリポフェクションでもある程度は核に入りますし、siRNAでも、多少は核内のノンコーディングRNAをノックダウンすることはできます。しかし、明らかに効率が悪い。特に多数の候補遺伝子があって、それぞれの機能を調べたい、という際には、ある程度効率の良い手法が必要となってきます。また、効率が良ければ当然遺伝子導入の条件自体をマイルドにすることができますから、より生理的な条件に近い状態で実験を組むことができる訳です。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。発現パターンだけの論文が「出た」、ということは、裏返せば彼らは機能解析に手こずっているということに他ならないので、恐るるに足らず。廣瀬研の方々が平然としていられたのは、その辺の間合いを見切っていたからなのでしょう。
実際、Andrew Chessの所からの件の論文が出た後も、機能解析の報告はちっとも出てきません。廣瀬研の話はそのあと若手の会やRNA学会などで耳にする機会も増え、MENεとMENβという核内ノンコーディングRNAがイノシン化RNAが濃縮しているパラスペックルという核内構造体に局在すること、MENβをノックダウンするとパラスペックルの構造体が崩壊すること、MENεにはそのような骨格形成の機能はないこと、パラスペックルを構成するPSFやp54nrbとMENε/βが複合体を作っていること、などが次々明らかとなってきました。そして満を持して論文を投稿されたという話を聞いたのですが、これだけ興味深い話を細胞レベルで留め置くのはもったいない、ぜひ個体レベルでの表現型も見てみたい。こう思うのが発生生物学畑の人間の性です。廣瀬さん、ぜひノックアウトマウス作ってくださいよー、絶対面白くなると思いますよー、とかことあるごとに話をしていたのですが、お台場の産総研にはそもそもマウス小屋すら無いんですよ。とか。いやそれはもったいないですねえ。なんとかならんもんなんですかねえ。たまたま2008年の若手の会の世話人を僕と廣瀬さんでやることになり、連絡をとるたびそんな話を良くしていました。
ちなみに、ネズミを使った仕事は頭は使いませんが、時間はかかります。思い立ったら吉日。世の中誰がどこでノックアウトマウスを作り始めているかわかりませんから、すぐにデザインだけでも始めるのが業界人の習わしです。僕がネズミを作るならこんな感じかなあ、こっからここまでアームで入れて、、、、ん、これってSalIとXhoIでつなげるのか、しめしめ、なんてGene Construction Kitなるベクターデザインソフト上でちぎったりはったりしているうちに、だんだんその気になってきて居ても立ってもいられなくなってきました。通常、なんでもかんでも手を出すというのは道義上好ましくはないのですが、Gomafuの仕事を始めてからは核内ノンコーディングRNAと聞くだけでむずむずしてしまう体質になってしまいましたし、そもそも核内で構造体を形成するノンコーディングRNA自体、そんなに数は多くありません。Gomafuをもっと良く知るためにも、同じように核内で構造体を作るRNAの機能を知りたい。MENε/βのノックアウトマウスを作りたい。作りたい。作りまくってしゃぶり尽くすまで表現型を見てみたい。というわけで廣瀬さんに頼み込んで、ほんとなら廣瀬研にポスドクで行ってそこで解析をしたいのですが、妻(網膜の幹細胞の研究)も子供(網膜の研究をしている学生さんたち)もいるので、家(独立主幹研究ユニット)をすてるわけにはいかず、一緒に個体レベルでの解析をさせていただくわけにはいきませんでしょうか、と。
こういうのを押し掛け女房と言うんでしょうが、そんなかんなで、2008年の3月、ネズミを作り始めることになったわけです。
(つづく、というかこの話終わるのだろうか、、、)
in situ hybridizationによって目的遺伝子の細胞内局在を調べようとした矢先にそのパターンを報告した論文が出たーーーなどということがあると僕などショックのあまり2、3日寝込んでしまいますが、廣瀬研の人々は意に介さず、という感じで、すごい精神力だなあと思っていたのですが、それはやはり「機能解析」の難しさをご存知だったからなのでしょう。
核内ノンコーディングRNAは、一般的によく使われるsiRNAによるノックダウンが非常に効きにくく(RNAiのエフェクター複合体はほとんど細胞質にあるため)、一工夫が必要となります。ここで登場するのがRNAseHという、DNA:RNAハイブリッドのRNAを特異的に分解する酵素です。DNA複製の際に、いわゆる岡崎フラグメントを合成するためにプライマーゼ一によってRNAが作られる訳ですが、それらを除去するために核内には内在のRNAseHが非常に豊富に存在しています。そこで、ターゲットのRNAに対してアンチセンス配列を持つDNAオリゴを導入してやれば、内在RNAseH活性によって目的のRNAが速やかに分解されるわけです。このトリックを聞いたときには思わずひっくり返るぐらいびっくりして、世の中には賢いことを考えるヒトがいるのだなあとしきりに感心したのですが、スマートなRNA業界の方にとっては比較的なじみのある手法だそうです。
しかしここでまた一つ問題があって、例えばカエルのOocyteのように核に直接インジェクションできるような場合は非常に効率よくDNAオリゴを目的の場所である核内に届けることができる訳ですが、通常のリポフェクションなどの方法で導入した場合、そのほとんどが細胞質にたまってしまって、なかなか核内まで届きません。
廣瀬研で当時開発されつつあった必殺技は、オリゴDNAをいわゆるヌクレオフェクションという、エレクトロポレーションの改善版の方法で導入すると、はいるはいる、核にいきまくる、というものでした。もちろん、普通のリポフェクションでもある程度は核に入りますし、siRNAでも、多少は核内のノンコーディングRNAをノックダウンすることはできます。しかし、明らかに効率が悪い。特に多数の候補遺伝子があって、それぞれの機能を調べたい、という際には、ある程度効率の良い手法が必要となってきます。また、効率が良ければ当然遺伝子導入の条件自体をマイルドにすることができますから、より生理的な条件に近い状態で実験を組むことができる訳です。
敵を知り、己を知れば百戦危うからず。発現パターンだけの論文が「出た」、ということは、裏返せば彼らは機能解析に手こずっているということに他ならないので、恐るるに足らず。廣瀬研の方々が平然としていられたのは、その辺の間合いを見切っていたからなのでしょう。
実際、Andrew Chessの所からの件の論文が出た後も、機能解析の報告はちっとも出てきません。廣瀬研の話はそのあと若手の会やRNA学会などで耳にする機会も増え、MENεとMENβという核内ノンコーディングRNAがイノシン化RNAが濃縮しているパラスペックルという核内構造体に局在すること、MENβをノックダウンするとパラスペックルの構造体が崩壊すること、MENεにはそのような骨格形成の機能はないこと、パラスペックルを構成するPSFやp54nrbとMENε/βが複合体を作っていること、などが次々明らかとなってきました。そして満を持して論文を投稿されたという話を聞いたのですが、これだけ興味深い話を細胞レベルで留め置くのはもったいない、ぜひ個体レベルでの表現型も見てみたい。こう思うのが発生生物学畑の人間の性です。廣瀬さん、ぜひノックアウトマウス作ってくださいよー、絶対面白くなると思いますよー、とかことあるごとに話をしていたのですが、お台場の産総研にはそもそもマウス小屋すら無いんですよ。とか。いやそれはもったいないですねえ。なんとかならんもんなんですかねえ。たまたま2008年の若手の会の世話人を僕と廣瀬さんでやることになり、連絡をとるたびそんな話を良くしていました。
ちなみに、ネズミを使った仕事は頭は使いませんが、時間はかかります。思い立ったら吉日。世の中誰がどこでノックアウトマウスを作り始めているかわかりませんから、すぐにデザインだけでも始めるのが業界人の習わしです。僕がネズミを作るならこんな感じかなあ、こっからここまでアームで入れて、、、、ん、これってSalIとXhoIでつなげるのか、しめしめ、なんてGene Construction Kitなるベクターデザインソフト上でちぎったりはったりしているうちに、だんだんその気になってきて居ても立ってもいられなくなってきました。通常、なんでもかんでも手を出すというのは道義上好ましくはないのですが、Gomafuの仕事を始めてからは核内ノンコーディングRNAと聞くだけでむずむずしてしまう体質になってしまいましたし、そもそも核内で構造体を形成するノンコーディングRNA自体、そんなに数は多くありません。Gomafuをもっと良く知るためにも、同じように核内で構造体を作るRNAの機能を知りたい。MENε/βのノックアウトマウスを作りたい。作りたい。作りまくってしゃぶり尽くすまで表現型を見てみたい。というわけで廣瀬さんに頼み込んで、ほんとなら廣瀬研にポスドクで行ってそこで解析をしたいのですが、妻(網膜の幹細胞の研究)も子供(網膜の研究をしている学生さんたち)もいるので、家(独立主幹研究ユニット)をすてるわけにはいかず、一緒に個体レベルでの解析をさせていただくわけにはいきませんでしょうか、と。
こういうのを押し掛け女房と言うんでしょうが、そんなかんなで、2008年の3月、ネズミを作り始めることになったわけです。
(つづく、というかこの話終わるのだろうか、、、)
April 16, 2011
パラスペックルの話(3)
「機能解析」がないからペケ。
ノックアウトマウスでも作ってごらんなさいな、はなしはそれからですな。おとといきやがれ。はっはっ。
僕自身が大学院生の頃は、ショウジョウバエの遺伝学的解析から同定された遺伝子の相同分子を脊椎動物で同定できればとにかく飯が食えていた時代でした。発生生物学の分野では、パターン形成のメカニズムが無脊椎動物と脊椎動物で保存されているという、今となってみれば教養の学生さんでも知っている常識が、とてつもなく刺激的な最先端の知見でした。たとえば、この論文。ともすれば、その遺伝子の発現パターンだけで、ただそれだけで、驚きを持って受け入れられていたものです。僕の初めての論文(といってもアイデアも執筆も指導教官。これをほぼそのまま訳して修士論文にしようとしたら、破門されかけました。)も、相同遺伝子釣りとはちょっと違いますが、「動いている細胞」で「動いていない細胞で発現していると思われている遺伝子」が発現していますよ、という、ただそれだけの報告でした。最終的には論文という形で報告できたものの、最初に投稿した某ジャーナルのレフリーからのコメントが、冒頭の二つでした。レフリーのコメントのファックスを当時の指導教官に見せてもらった瞬間、頭の中では藁人形を持ち出していましたが、冷静に考えてみれば、当然のコメントでした。
機能解析、と簡単に言いますが、それなりに技術的には困難がともなうものです。例えば、僕が大学院生の時に日常的に使っていたニワトリ胚では、いまでこそ現東北大の仲村春和さんが世界に先駆けて開発したin vivoエレクトロポレーション法のおかげでサルでもできるレベルまで簡単になりましたが、当時は遺伝子を導入する方法がほとんど確立されていなかったのが実情です。リポフェクションがリン酸カルシウム法に代わり世間を席巻しようとしていた時代で、これまた現東北大の若松義雄さんが秘密のタンパク質分解酵素を組織にふりかけてからリポフェクションの試薬を使うと魔法のように遺伝子が導入できるという奇跡のプロトコールを開発して一部のマニアからは「神」扱いをされていた頃です。その一方で、アフリカツメカエルを使った実験系では、インジェクションで一過的ながらも遺伝子を個体レベルで発現させるのは常識以上の常識。ちぎったり貼ったりした発現ベクターをぶちゅっ、とカエルの受精卵にぶち込めば、サルでも機能解析、つまりもっとも重要な機能阻害実験を行うことができていました。でも、ニワトリではそう簡単にはいかない。とはいえ、学問的にはそんなことは言い訳にはならない。
時代が進んで今日び、特定の遺伝子の機能を実験的に無くしたときの結果が無ければ、サルにも見てもらえません。サルサルしつこいようですが、サル実験を馬鹿にしてはいけないわけで、時代によって要求される実験の進め方なり、データーの並び方なり、それが無いとサルにもなれない(シツコイ!!)実験的な検証手法は常に存在します。テクノロジーとしてのsiRNAはそういう意味でPCR以上に大学院生の生活をたぶん良い方に変えていて、口先だけで夢だけしか語れなかった時代が、きちんとした実験的な機能解析の証拠を引っさげてなまけものの上司にディスカッションを挑める時代になってきたわけです。
が、ところが、核内に存在するノンコーディングRNAに関しては、siRNAがうまいこと働かないことが多いのです。理由は簡単。いわゆるsiRNAやmiRNA経路に働くAgoファミリーはすべて細胞質に存在しており、核内のRNAを分解することができないわけです。それもあって、核内のノンコーディングRNAの機能解析は、一世代も、二世代も、遅れていた感があります。では、どうするか。廣瀬研では、とっておきのテクノロジーが開発されつつありました。
(つづく)
ノックアウトマウスでも作ってごらんなさいな、はなしはそれからですな。おとといきやがれ。はっはっ。
僕自身が大学院生の頃は、ショウジョウバエの遺伝学的解析から同定された遺伝子の相同分子を脊椎動物で同定できればとにかく飯が食えていた時代でした。発生生物学の分野では、パターン形成のメカニズムが無脊椎動物と脊椎動物で保存されているという、今となってみれば教養の学生さんでも知っている常識が、とてつもなく刺激的な最先端の知見でした。たとえば、この論文。ともすれば、その遺伝子の発現パターンだけで、ただそれだけで、驚きを持って受け入れられていたものです。僕の初めての論文(といってもアイデアも執筆も指導教官。これをほぼそのまま訳して修士論文にしようとしたら、破門されかけました。)も、相同遺伝子釣りとはちょっと違いますが、「動いている細胞」で「動いていない細胞で発現していると思われている遺伝子」が発現していますよ、という、ただそれだけの報告でした。最終的には論文という形で報告できたものの、最初に投稿した某ジャーナルのレフリーからのコメントが、冒頭の二つでした。レフリーのコメントのファックスを当時の指導教官に見せてもらった瞬間、頭の中では藁人形を持ち出していましたが、冷静に考えてみれば、当然のコメントでした。
機能解析、と簡単に言いますが、それなりに技術的には困難がともなうものです。例えば、僕が大学院生の時に日常的に使っていたニワトリ胚では、いまでこそ現東北大の仲村春和さんが世界に先駆けて開発したin vivoエレクトロポレーション法のおかげでサルでもできるレベルまで簡単になりましたが、当時は遺伝子を導入する方法がほとんど確立されていなかったのが実情です。リポフェクションがリン酸カルシウム法に代わり世間を席巻しようとしていた時代で、これまた現東北大の若松義雄さんが秘密のタンパク質分解酵素を組織にふりかけてからリポフェクションの試薬を使うと魔法のように遺伝子が導入できるという奇跡のプロトコールを開発して一部のマニアからは「神」扱いをされていた頃です。その一方で、アフリカツメカエルを使った実験系では、インジェクションで一過的ながらも遺伝子を個体レベルで発現させるのは常識以上の常識。ちぎったり貼ったりした発現ベクターをぶちゅっ、とカエルの受精卵にぶち込めば、サルでも機能解析、つまりもっとも重要な機能阻害実験を行うことができていました。でも、ニワトリではそう簡単にはいかない。とはいえ、学問的にはそんなことは言い訳にはならない。
時代が進んで今日び、特定の遺伝子の機能を実験的に無くしたときの結果が無ければ、サルにも見てもらえません。サルサルしつこいようですが、サル実験を馬鹿にしてはいけないわけで、時代によって要求される実験の進め方なり、データーの並び方なり、それが無いとサルにもなれない(シツコイ!!)実験的な検証手法は常に存在します。テクノロジーとしてのsiRNAはそういう意味でPCR以上に大学院生の生活をたぶん良い方に変えていて、口先だけで夢だけしか語れなかった時代が、きちんとした実験的な機能解析の証拠を引っさげてなまけものの上司にディスカッションを挑める時代になってきたわけです。
が、ところが、核内に存在するノンコーディングRNAに関しては、siRNAがうまいこと働かないことが多いのです。理由は簡単。いわゆるsiRNAやmiRNA経路に働くAgoファミリーはすべて細胞質に存在しており、核内のRNAを分解することができないわけです。それもあって、核内のノンコーディングRNAの機能解析は、一世代も、二世代も、遅れていた感があります。では、どうするか。廣瀬研では、とっておきのテクノロジーが開発されつつありました。
(つづく)
April 14, 2011
パラスペックルの話(2)
パラスペックルは別にいらないよ、というこの論文
Paraspeckles are subpopulation-specific nuclear bodies that are not essential in mice.
J Cell Biol. 2011 Apr 4;193(1):31-9.
お台場は産総研におられる廣瀬さんと理研の僕のラボとの、記念すべき共同研究第一弾なのですが、サイエンティフィックな詳しい内容に入る前に、そもそもこの共同研究の始まったきっかけについて、、、
今からさかのぼること4年半、2006年9月、富士の山麓の裾野でRNA若手の会なる集まりが開かれました。そもそも今のRNA学会は、当時若手研究者だった(いまでも若い!?)現神戸大の坂本さんや井上さん、熊大の谷さんといった方々が中心となって、分子生物学会で神戸に集まったRNA関連の若手研究者を六甲山上に拉致(?)した研究会がそもそもの始まりだったと聞き及んでいますが、その後その研究会はRNA学会へと発展をつげ、しかしながら元々の母体は「RNA若手の会」として生き残り、脈々とその心意気は受け継がれこの研究分野の活力の素となっているとか、、、
話を戻して2006年のRNA若手の会。横浜国大の栗原さん、産総研の廣瀬さん、それから北里大学に当時おられた若井さんが世話人をされていたのですが、これがかなり気合いの入った会で、恒例のゲスト講演は筑波大の永田恭介さんと阪大の木村宏さん。まずここからして熱いです。うな重とカツ丼を一緒に食べるようなものです。そして質の高い学生さんやポスドクのトークもさることながら、シニアな方々の突っ込みの厳しいこと熱いこと。火照った頭もそのまま懇親会、場所を変えて継続懇親会、さらに継続継続懇親会、、、当時僕自身はRNAの研究ソサイエティとは縁とおく、知り合いと言えば神戸CDBつながりのN村さんとN山さんぐらいだったのですが、これがRNA学会を生み出した噂の若手の会の熱気かと、かなり気圧された覚えがあります。その何次会だったかは忘れてしまいましたが、廣瀬さんとお話しする機会がありまして、生化学的な分画から新規のノンコーディングRNAを見つけてその機能を調べている、でもin situはやったことが無いのでまた教えてください、はいはいもちろん、サルでもできるプロトコール、略してサルプロがありますから今度お送りしますよ、でも百聞は一見に如かずですから、ぜひ一度遊びにきてください、ではそうしましょうか、というようなことにあいなりました。当時(今でもそうですが)mRNAタイプのノンコーディングRNA研究はマイナーな分野で、一部の熱狂的なマニアの間でのみ絶大な人気を誇るVシネマの傍役みたいなものでしたから、同じ学問上の嗜好を持った人とオタクな話ができるのは大変貴重な機会でありました。そして半年ぐらいしてから、廣瀬さんとなぜか皆から御大と呼ばれるS々木さんが候補遺伝子を持って理研にこられ、一通りディスカッションして、世間話をして、じゃあin situしましょうか、と実験に移ろうとしたその時、ふと候補遺伝子の名前でPubmed検索してみたら、この論文がヒット。
なにこれ。もうin situの結果論文になってる、、、、
廣瀬さんが同定されていた候補遺伝子は実はMalat-1とMENε/βだったのですが、よりによって、まさにこの二つの遺伝子の細胞内局在を調べた論文が出ているではありませんか。しかもすでに格調高い名前がそれぞれの遺伝子につけられているのに、ニート1、ニート2と人を小馬鹿にしたような名前を付けなおして(綴りは例のあれとはちがうということを後から知りましたが)。
しかしここから廣瀬研の逆襲が始まります。
(つづく)
Paraspeckles are subpopulation-specific nuclear bodies that are not essential in mice.
J Cell Biol. 2011 Apr 4;193(1):31-9.
お台場は産総研におられる廣瀬さんと理研の僕のラボとの、記念すべき共同研究第一弾なのですが、サイエンティフィックな詳しい内容に入る前に、そもそもこの共同研究の始まったきっかけについて、、、
今からさかのぼること4年半、2006年9月、富士の山麓の裾野でRNA若手の会なる集まりが開かれました。そもそも今のRNA学会は、当時若手研究者だった(いまでも若い!?)現神戸大の坂本さんや井上さん、熊大の谷さんといった方々が中心となって、分子生物学会で神戸に集まったRNA関連の若手研究者を六甲山上に拉致(?)した研究会がそもそもの始まりだったと聞き及んでいますが、その後その研究会はRNA学会へと発展をつげ、しかしながら元々の母体は「RNA若手の会」として生き残り、脈々とその心意気は受け継がれこの研究分野の活力の素となっているとか、、、
話を戻して2006年のRNA若手の会。横浜国大の栗原さん、産総研の廣瀬さん、それから北里大学に当時おられた若井さんが世話人をされていたのですが、これがかなり気合いの入った会で、恒例のゲスト講演は筑波大の永田恭介さんと阪大の木村宏さん。まずここからして熱いです。うな重とカツ丼を一緒に食べるようなものです。そして質の高い学生さんやポスドクのトークもさることながら、シニアな方々の突っ込みの厳しいこと熱いこと。火照った頭もそのまま懇親会、場所を変えて継続懇親会、さらに継続継続懇親会、、、当時僕自身はRNAの研究ソサイエティとは縁とおく、知り合いと言えば神戸CDBつながりのN村さんとN山さんぐらいだったのですが、これがRNA学会を生み出した噂の若手の会の熱気かと、かなり気圧された覚えがあります。その何次会だったかは忘れてしまいましたが、廣瀬さんとお話しする機会がありまして、生化学的な分画から新規のノンコーディングRNAを見つけてその機能を調べている、でもin situはやったことが無いのでまた教えてください、はいはいもちろん、サルでもできるプロトコール、略してサルプロがありますから今度お送りしますよ、でも百聞は一見に如かずですから、ぜひ一度遊びにきてください、ではそうしましょうか、というようなことにあいなりました。当時(今でもそうですが)mRNAタイプのノンコーディングRNA研究はマイナーな分野で、一部の熱狂的なマニアの間でのみ絶大な人気を誇るVシネマの傍役みたいなものでしたから、同じ学問上の嗜好を持った人とオタクな話ができるのは大変貴重な機会でありました。そして半年ぐらいしてから、廣瀬さんとなぜか皆から御大と呼ばれるS々木さんが候補遺伝子を持って理研にこられ、一通りディスカッションして、世間話をして、じゃあin situしましょうか、と実験に移ろうとしたその時、ふと候補遺伝子の名前でPubmed検索してみたら、この論文がヒット。
なにこれ。もうin situの結果論文になってる、、、、
廣瀬さんが同定されていた候補遺伝子は実はMalat-1とMENε/βだったのですが、よりによって、まさにこの二つの遺伝子の細胞内局在を調べた論文が出ているではありませんか。しかもすでに格調高い名前がそれぞれの遺伝子につけられているのに、ニート1、ニート2と人を小馬鹿にしたような名前を付けなおして(綴りは例のあれとはちがうということを後から知りましたが)。
しかしここから廣瀬研の逆襲が始まります。
(つづく)
April 3, 2011
パラスペックルの話(1)
いつの間にかガソリンスタンドに並ぶ車列は消え、コンビニの棚にも弁当が戻ってきました。4月だというのに冷え込みは相変わらず厳しいですが、何事もなかったかのように桜の花も咲き始めています。胸中いろいろ複雑なものがあり、気持ちの整理がつかないところもありますが、今それをあえて整理する必要もないと思いますし、年度変わりを一つの契機に、新しい一歩を踏み出していきたいと思います。
さて、領域代表の方からアナウンスがありましたが、国際RNA学会にあわせて第五回Tokyo RNA Clubが開かれます。若い人はTRCなどと略したりしているようですが、現RNA学会会長の塩見さんの声かけで始まったこの会、特に普段日常的に触れることのない海外の研究者との、とても良い個人的な交流の場となっている気がします。これまでは分子生物学会などのイベントにあわせて来日したゲストを中心に4、5人のトーク、という感じでしたが、今回は国際RNA学会に多くのゲストが来日していることもあり、まるまる一日の大イベント、ちょっとした国際会議の趣です。
具体的なプログラムはそのうちまたアナウンスがあると思いますが、非コードRNAの話が中心になりまして、7割は小さいRNA、3割は長鎖のRNA、に関わる話になりそうです。その長鎖のRNAのスピーカーの一人が、Archa Foxさん。現在西オーストラリア大学でご夫婦でそれぞれラボを持っておられて(こういう例は海外に多いですよね。日本でももっと増えれば良いのにと思います)、旦那さんはBondさんという結晶学者です。そう、Foxさんは女性なのですね。某A光さんは身長180センチぐらいの筋骨たくましいひげモジャラのおじさんを想像していたらしいですが、そんなことはありません。まだまだ若い気さくなおねえちゃんであります。
Foxさんの名前は核内構造体の業界の人なら知る人ぞ知る、パラスペックルの発見者です(仕事ぶりから筋骨たくましい姿を想像されていたのでしょうか、、、)。彼女がイギリスはダンディー大学のAngus Lamondさんのラボでポスドクをしていた時、プロテオミクスで見つけてきたタンパク質のいくつかが核内で特徴的なFociを作ることを見いだし、それらがスプライシング因子が集積する核スペックルの近傍にあることから、「パラスペックル」という名前を付けました。
その後、このパラスペックルに高度にイノシン化されたRNAが係留されていること、MENε/βもしくはNEAT1と名付けられた長鎖ノンコーディングRNAがパラスペックルに局在することなどが次々と明らかとなって、この構造体が「何かしているのではないか」という雰囲気が高まってきました。さらには産総研の廣瀬さんらの研究を皮切りにMENε/βがパラスペックルの構造体を作るために必須であるという論文が4連発で発表されるに至り、
Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Feb 24;106(8):2525-30.
Genome Res. 2009 Mar;19(3):347-59.
Mol Cell. 2009 Mar 27;33(6):717-26.
Mol Cell. 2009 Aug 28;35(4):467-78.
今ではすっかり核内構造体の主要メンバーの一つである感があります。
しかしこのパラスペックル、いったい何をしているのでしょう?(つづく)
中川
さて、領域代表の方からアナウンスがありましたが、国際RNA学会にあわせて第五回Tokyo RNA Clubが開かれます。若い人はTRCなどと略したりしているようですが、現RNA学会会長の塩見さんの声かけで始まったこの会、特に普段日常的に触れることのない海外の研究者との、とても良い個人的な交流の場となっている気がします。これまでは分子生物学会などのイベントにあわせて来日したゲストを中心に4、5人のトーク、という感じでしたが、今回は国際RNA学会に多くのゲストが来日していることもあり、まるまる一日の大イベント、ちょっとした国際会議の趣です。
具体的なプログラムはそのうちまたアナウンスがあると思いますが、非コードRNAの話が中心になりまして、7割は小さいRNA、3割は長鎖のRNA、に関わる話になりそうです。その長鎖のRNAのスピーカーの一人が、Archa Foxさん。現在西オーストラリア大学でご夫婦でそれぞれラボを持っておられて(こういう例は海外に多いですよね。日本でももっと増えれば良いのにと思います)、旦那さんはBondさんという結晶学者です。そう、Foxさんは女性なのですね。某A光さんは身長180センチぐらいの筋骨たくましいひげモジャラのおじさんを想像していたらしいですが、そんなことはありません。まだまだ若い気さくなおねえちゃんであります。
Foxさんの名前は核内構造体の業界の人なら知る人ぞ知る、パラスペックルの発見者です(仕事ぶりから筋骨たくましい姿を想像されていたのでしょうか、、、)。彼女がイギリスはダンディー大学のAngus Lamondさんのラボでポスドクをしていた時、プロテオミクスで見つけてきたタンパク質のいくつかが核内で特徴的なFociを作ることを見いだし、それらがスプライシング因子が集積する核スペックルの近傍にあることから、「パラスペックル」という名前を付けました。
その後、このパラスペックルに高度にイノシン化されたRNAが係留されていること、MENε/βもしくはNEAT1と名付けられた長鎖ノンコーディングRNAがパラスペックルに局在することなどが次々と明らかとなって、この構造体が「何かしているのではないか」という雰囲気が高まってきました。さらには産総研の廣瀬さんらの研究を皮切りにMENε/βがパラスペックルの構造体を作るために必須であるという論文が4連発で発表されるに至り、
Proc Natl Acad Sci U S A. 2009 Feb 24;106(8):2525-30.
Genome Res. 2009 Mar;19(3):347-59.
Mol Cell. 2009 Mar 27;33(6):717-26.
Mol Cell. 2009 Aug 28;35(4):467-78.
今ではすっかり核内構造体の主要メンバーの一つである感があります。
しかしこのパラスペックル、いったい何をしているのでしょう?(つづく)
中川
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