February 27, 2011

論文を書くということ

 影山さんが論文書きの話題を提供されていましたので、常々思っていたことを少し。

 研究者が自分の活動を対外的に発表する手段は学会発表であったり特許であったり、一昔であればモノローグの本を出版したりと色々あるわけですが、現在の一般的な理系の研究者の場合、論文を発表することが最も重要なサイエンティフィックな活動であるというのは論を待たないところでしょう。昨今では広く社会に向けて情報を発信することも重視されるようにはなりましたが、少なくとも研究者同士がお互いを評価する場合、ほぼ論文のみが唯一無二の評価基準と言って良いと思います。学会発表で正面から罵倒されることは滅多にありませんが、論文のピアレビューは匿名制度であることも手伝いまあそれは容赦ありません。何もそこまで意地悪にならなくてもと、相手が特定できたら藁人形に釘を打ったろうかと思うこともありますが、それも裏返してみれば研究者が論文をそれだけ重要視しているということに他なりません。

 ところがこの論文を書くという作業、なかなか敷居が高いわけです。特に言葉の壁も手伝って、一生書かずに済むのであればそうしたい、という若い研究者の人、特に学生さんなどはそう思っている人も多いのではないでしょうか。少なくとも僕自身は大学院生の時、論文を「出したい」とは思っていましたが、論文を仕上げるために死にものぐるいで実験してデーターを出して図を作ってという作業には何の苦痛も感じませんでしたが、論文を自分が「書く」ものと思ったことは、ただの一度もありませんでした。学生は実験をするもの。指導教官が論文を書くもの。そういった「常識」を自分の頭の中で勝手に作り上げて、それをまた何の疑問もなく受け入れていたわけです。

 もし研究者としてメシを長く食っていこうとするのであれば、いつかは論文を書けるようにならなければならないわけですが、一体いつになったら論文を「書ける」ようになるのでしょう?ポスドクになって最初に出くわす悩みは、この論文に関する不安なのではないかと思います。中には例外的な人がいて院生時代から鼻息荒くガンガン論文を書きまくっている人もいるのでしょうが、普通はとりあえずそこに関しては思考を停止して、目の前の実験に没頭する人の方が圧倒的に多いのではないかと思います。そこで世の中には論文の書き方なり、英語の書き方なりを懇切丁寧に説明した指南書が数多く出回っているわけですが、なかなかそういう本を読んでいても、論文を「書ける」ようにはならないような気がします。では一体何がきっかけで、どのようにして論文を「書ける」ようになるのでしょうか。

 僕自身、論文書きを語るほど多くの論文を書いてきてはいませんし、上手な書き方が出来るわけでもありませんが、ただ一つ自分の中ではっきりしているのは、論文というのものは「書ける」ようになるもの、ではなくて、「書きたく」なるものだということです。とにかく書きたい、書きたい、という強い気持ちが強く出てきて初めて論文になる。「書きたい」と思わないうちは、その仕事は自分の中で本当に真剣にやりたい仕事ではない、と言うこともできるかもしれません。自分が思いついた研究テーマに取り組み、そこで思ったような結果が出てくれば、論文を「書きたい!」と、強烈に思うのが研究者としての性でしょう。心の叫びですね。今、もし学生さんやポスドクになりたてで自分で論文が書けるかなあ、と不安に思っている人がもしいるのでしたら、全く不安に思うことはないと思います。言葉を覚えたての乳幼児の向上心たるやすごいもので、あれは話したくて話したくてしょうがないからとにかく真似をして思いを伝えようとするわけです。「たかいたかいしてー」が「かたいかたいしてー」でも意味は通じるわけです。論文もどうしても書きたいと思ったら、同じような内容を表現しているセンテンスをいろんな論文からコピーペーストしてつなぎ合わせてゆけば、少なくともこちらの情熱が伝わる論文にはなるでしょう。


 論文が「書けない」ことに対する治療薬はいっぱいあります。しかしながら、論文を「書きたくならない」事に対する処方箋はありません。恋をしたことが無い人に恋を教えるようなものですから。


中川

February 10, 2011

ながらふべきか、但し又ながらふべきに非るか、爰が思案のしどころぞ

論文を書いていてふと思ったことを書きます。最初に断っておきますが、大して意味のある内容ではないです。

Science とは不思議なもので、同じ材料で同じようなことを考えているのに、何をやるかは人それぞれであったりします。そういうときに効いてくるのは、個々人の性格や学術的バックグラウンドではないかと思っています。今回は後者の方について思いついたことを書きます。

いきなり個人的な話になりますが、わたしは生化学のラボ出身で(前に書いたかもしれません)、学位論文もバンド物とグラフばっかりなのですが、当時ラボにいたS・Hさんの影響もあってか発生生物学を心のどこかで常に意識しています。自分で思うにこれらの分野の両方を知っていることが私の強みだと思っています(まぁ中途半端ともいえますが)。以下は私の思い込みに基づく勝手な見解です。

発生生物学と生化学は基本的に全く違うもので、個体レベルで起こる発生現象の解明に力点をおいた研究と、化学反応にあずかる生体分子の振る舞いに焦点を当てた研究では、趣が異なるのも当然であろうと思います。もちろん生命現象のメカニズムに迫ろうとする最終的な目的は同じなので、少なからず接点があるわけなのですが。

これらは論文を書くときに如実に現れます。論文というのは研究の一部を切り取って、ひとつの結論を導き出すために書き上げることが多いので、得られた結果をどういうふうに読者に読ませるかを考えなければなりません。最近は字数制限も厳しいですし、なるべく無駄なく書こうとすると、落とし所はひとつに絞られてきます。すべからく introduction から discussion の最後まで、その落とし所に沿った書き方になります。

例えば、生化学の論文ならば、introduction は以下のような感じになることが多いような気がします。
Nuclear steroid receptors function as transcriptional factors and mediate endocrine signals in a variety of biological phenomena including...
発生生物学であれば、こんな感じ。
Lens formation in mammals is an excellent model for cell differentiation and organogenesis, in which single layer of placodal cells...

これらの違いは論文を書くときに初めて現れるわけではなくて、面白そうな結果が出始めたあたりから個々の学術的バックグラウンド(嗜好と言ってもよいかもしれません)や担当者の能力に従って少しづつ顕著になります。もちろん、良くも悪くも「バリバリの」発生屋さんや生化学屋さんなら徹頭徹尾違うと思いますが、微妙な立ち位置にいる私なんかは、どうするべきか悩みながらやっていたりします(あっちを向いたりこっちを向いたり結構危なっかしい)。特に最初の面白そうなデータが出る段階では、まさに試行錯誤状態です。学生やポスドクと意見が合わなくて対立したりすることもあります。

それが発生を理解する上で意味があるのかないのか。あるいは解析している遺伝子の産物が面白い生化学的反応に関与しているのかどうか。もちろんこういう判断基準以外にも色々あってしかるべきなのですが、私の場合は大まかにこれら二つのことを考え、どういう方針でやるか(あるいはやらないか)、思案しながら研究をしている気がします。

発生ではないですが、遺伝学と生化学を両方やるのが当たり前の大腸菌や酵母の人はどう考えているのか、一度聞いてみたいです。

ちなみにタイトルはハムレットのアレの矢田部良吉による和訳です。思案のしどころなのはわかったとしても、正解がわかるとは限らないんですよねぇ。

影山裕二/岡崎統合バイオ

February 8, 2011

金沢

金沢大・堀家

金沢大学・フロンティアサイエンス機構の堀家です。中川さんからずいぶん前にブログのお誘いを受けながら,ずるずると遅くなってしまいました。(すいません)今回は,初めての書き込みですので自己紹介を兼ねて書かせて頂きます。

私は,鳥取大学の押村光雄先生のラボで学位を取り,アメリカ・カナダの留学を経て現在の金沢大学に至っております。現在は,JSTの「若手研究者の自立的研究環境整備促進事業」(テニュアトラック制度)の一環で金沢大学に籍を置き研究させて頂いております。まあ,来年度が最終年度にあたり,いろいろと言いたいことは多々ありますがこの制度のことは後日。

私のメインの研究は,昔からKCNQ1OT1/LIT1のような長鎖ncRNAがどのような機構を通じて周辺の遺伝子発現をコントロールしているか明らかにすることでした。そうした中,現在はヒト15q11-q13のインプリント遺伝子領域に存在する長鎖ncRNA,UBE3A-ASに着目し,研究を行っております。UBE3A-ASは,アンジェルマン遺伝子UBE3AのアンチセンスRNAとして機能するだけでなく,15q11-q13のクロマチン凝集,さらにはPWS-IC領域のインプリントの設立などに深く関与していることが知られています。しかしながら,その分子機構は未だ明らかにされておらずその解明が大変重要であります。そこで,私は押村先生より習ったヒト染色体工学技術を生かしたユニークな切り口でこの問題を料理できたらなあと思っております。今後ともこの新学術領域の公募班に入れて頂いた機会を生かしていろいろとncRNAのことを勉強させて頂きたいと思いますのでよろしくお願いします。

最後に,今年5月25日,26日に金沢で日本分子生物学会春季シンポジウムが開かれます。この機会に是非金沢にお越し下さい。



February 7, 2011

Outreach?

Derek Goto (Hokkaido University)

Although our main focus is on research and scientific discovery, one thing I’ve also been thinking about is how our lab can contribute to getting younger students excited about science. I mainly ask because I’m hoping to get advice on the following question - what are some good RNA-related experiments for a high school level student?

“Scientific Outreach” is about making the general public aware of our activities and results, which can be achieved in various ways. A typical example is joining open seminars for the public. Another example is giving younger kids the chance to get involved in scientific research. This is something I saw often when I was a postdoc in the USA - it wasn’t unusual to see a high school student volunteering to work in the lab to gain some experience. Sure, one of the main motivations may have been that it looks good on a college application, but hey, at least they were in the lab and getting some exposure to science!

I noticed there is a special feature on “Scientific Outreach” in the latest issue of the Quarterly Magazine from the Japan Society for the Promotion of Science (JSPS) (No 34, 2010 Winter edition). The first paragraph of this article ends with a clear message for scientists receiving government research funds following the recent shake-up in government budget programs:
In short, greater outreach efforts will be expected from them.
This matches one of the things we’ve been trying to do in our lab, so hopefully we’re on the right track...

I’m proud to say that here in Japan, we’ve successfully hosted several outreach events for young students. Groups of preschool, primary school and junior high school kids have all joined our lab for an afternoon (after nervous preparation putting all the chemicals out of arms reach and taping up the cabinets/drawers!). All kids carried out their own DNA extractions from broccoli (the DNA strands are clearly visible at the end!), took a look at their own cheek cells under the microscope to see nuclei where the DNA is, and ran various plant DNA samples on an agarose gel. Fun stuff, but also challenging....explaining DNA or plant biology to young kids and their parents is a valuable lesson in communicating science to the general public!



Primary school students in the lab

Based on the success with the above events, we were looking for a way to step it up a bit and do something similar to what I saw in the US - create an environment where even a high school student could be part of the lab.....

Fortunately, we have recently become involved a new program that places high school students in a research lab for a year - the “Future scientist training program” (未来の科学者養成講座:Mirai no kagakusha yousei kouza). Our lab investigates a parasitic nematode that attacks and modifies plant roots. We mainly focus on the molecular mechanisms used to modify host cells and establish an infection sites by the parasitic nematode. The project for the student who joined our lab (Rintaro, 1st yr of high school) looks at the problem from a different angle - how does the nematode respond to nearby plants and manage to find host tissue? Importantly, this means he has his own independent project and works alongside other undergrad and postgrad students in the lab, rather than simply helping others with their projects. It’s also a lot of fun as he develops behaviour assays etc and moves individual nematodes around in different sterile conditions. It seems to be working - he is enjoying the science and clearly thinking about the research problems at hand.


So, now I’m wondering if its possible to introduce students to some more complicated topics at the same time. I’m not yet thinking about a proper project, but more some kind of fun experiments to do on the side that I can also do with other young students or members of the general public who may visit our lab in the future. Which brings me back to the question I started with - any hints on some good experiments for people of high school level that would help get them excited about “RNA science”?

Time for me to take a look on google....

links:
PDF copy of newspaper article (2 Mb)


February 1, 2011

ジャーナルクラブと三角形

理研CDB 中山潤一

 広報担当の中川さんに(中川注:私、だんじて広報担当ではありません、、、)、「領域の可視化に協力を」と依頼されてこの原稿を書いています(書かないと研究費を削られてしまうそうなので・・(中川注:誰ですかそんないい加減なことをいったのは?))。海外留学とか堅い話で盛り上がっているところ緩い話で恐縮なのですが、普段考えている毒にも薬にもならないことを文章にしてみたいと思います。

 研究に携わる仕事をしていると、なかなか体系的に説明されない、あるいはしにくいような事があったりします。例えば、「独立するにはどうするか」とか「良い留学先を見つけるにはどうするか」などはその類ではないかと思います。同じようなことで「ジャーナルクラブ」というのも、そのスタイルや仕方、時間などは多種多様で、研究室によってもまちまちではないかと思います。もちろんベストなスタイルなんていうものは存在しないと思いますが、自分のラボの学生やスタッフのジャーナルクラブでの発表を聞いていると、「う〜ん、なにか違う」と感じることがあります。多分それは「立ち位置」のようなものではないかと思います。

 この「立ち位置」というのも微妙な表現ですが、要するに「自分」と「紹介する論文」と「そのセミナーを聞く人達」の関係です。例えば研究室に入りたての学生や、新しくその分野に入って来たばかりの人に良く見受けられるパターンは、完全に紹介する論文サイドに立って、その論文に書かれていることを100%信用し、仮に結果についてネガティブな批評でもあったりしたら、まるで自分にイチャモンをつけられたかのように振る舞うようなパターンです。中にはこれとは全く逆のケースもあって、例えばセミナーを聞いている他の参加者から、紹介する論文の結果に対して批判的なコメントがあっても、「いや自分もそう思うんですよ」と相づちをうって、まったく論文側に立ったコメントを返さないような人もいます。

 ここまで極端なことはあまりないかもしれませんが、多くの人が多少なりどちらかの傾向を持っているような気がします。もちろんどちらでも発表者の好きにしたら良いと思うのですが、私なりの意見としては、その論文の結果をきちんと理解し評価しつつ、客観的な目を合わせ持って紹介する、つまり論文に対しても、参加して聞いている人達に対しても、ある程度距離を持って紹介すると言うのが理想ではないかと思います(タイトルはそう言う意味です)。例えば、こちらが論文紹介を聞きながら、もしかしたらこんな解釈が出来るかも知れない、と何か思いついてちょっとワクワクしながら質問しても、「え〜と、そのようなことは論文には書かれていませんでした」、とだけ返されるとかなりガッカリします。きちんと客観的に論文を評価し、参加者の意見を尊重すれば、もしそのような質問があった場合でも「論文には書かれていませんでしたが、そうですね確かにそう言う考えはできるかも知れません。ただ自分は〜だと思います」というような自分を中心にした返答が出来るのではないかと思います。

 論文を紹介するだけなら、ちゃんと時間をかければ誰でも出来ると思います。ただ自分の立ち位置をきちんとキープして、その場所から客観的に論文を評価しつつきちんと個々の質問に対して答えるというのは、実その次の大事なステップなのかもしれません。まだまだかなぁ、と思ったりしながらいつもセミナーを聞いています。
 
 話は変わりますが、私が大学院の学生で研究室に入ったばかりの頃、一流ジャーナルに出ている論文はそれこそ教科書のように信じて紹介していたのですが、それに対して当時の指導教官は半信半疑というような質問をよくされていました。当時「なんで先生はあんなに懐疑的なことばかり言うのだろう」と思ったりしていましたが、何のことはない、振り返ってみれば今自分がまったく同じように論文を見ているわけです。きっと学生に同じことを思われているのかも知れません。